週末のお客さん

先週は寒い日々が続いて、毎日がマイナスの日々。ただ、週末に入って温度が上がり最高気温も5度まで上昇。雨も降ったので固まって残っていた雪も土曜の朝までには消えていました。雪がなくなるのはちょっと寂しいけど、気温が上がったのは正直、嬉しいです。日本では菜の花が咲いてるところもあるようで、羨ましい。今のドイツは野外で春を感じることはまだないのですが、近所のスーパーなどでは球根の寄せ植えや、植物の種が芽吹いた時に入れる箱などがもう売られていました。1月ももう終わり。あと2ヶ月もすれば春めいてくるかな。

さて、普段の週末はユリ君とふたりで過ごすことが多いのですが、先週末は3人プラス1匹で。都会に住む一番上のお姉ちゃんが遊びに来てくれたんです。愛犬とともに。僕とユリ君の住む町、何かと何処の大きな都市からも遠くてお姉ちゃんも3時間かけて来てくれました。ユリ君の両親は1度ここへ訪ねてきてくれたけど、兄弟はこれが初めて。

前の日から僕はリコッタチーズを使ったブラックベリー入りのチーズケーキを焼き、お姉ちゃんと一緒に食べる土曜の夕飯には手巻き寿司と、皮から作った餃子でおもてなし。お姉ちゃんのお土産でくれた結構高級なシャンペンとともにいただきました。ユリ君はお姉ちゃんのお土産用に手作りパンを焼いたり、日曜の朝は甘いのと、チーズと生ハムの入ったパンケーキを焼いたり、大忙し。犬も近くの犬専用ビーチに連れていって他の犬たちと飽きることなく走って楽しそうだったので僕たちの出来る最高のおもてなしは出来たかなと。

なにか普段の生活に違った人や犬がいると生活パターンが変わっていいですよね。普段はいかない所に行ったり、いつもよりも夜更かしして一緒に映画を見たり。お姉ちゃんとはもう何回もあっているので、お客さんという感じでもなく友達感覚。英語も上手なので、今回はほとんどの会話が英語だったのも僕には気が楽だった理由の一つ。

また、犬が可愛かった。物凄く人懐こくって、穏やかな犬。そんな流れから、映画Hachikoを見たんですね。知ってるかな?リチャードギアが出ている、あの日本のハチ公を主人公にした映画。びっくりしたのが、ハチって柴犬でなくて秋田犬なんですね。意外と大きいんだなって知りました。そしてまたこの秋田犬が可愛いこと。最初は3人とも、あー可愛いねー。って見てたんですけどご存知の通り飼い主が死ぬところから悲しみは増していきます。その後は段々と悲しみの下り坂。まずはお姉ちゃんが泣き出して、ユリ君も最後のほうはティッシュに手を伸ばすことに。僕もウルって来ました。見終わったら悲しみのどん底。お姉ちゃんもユリ君も、これは悲しすぎて救いようがないから、もう見ないって言ってました。けど、犬の飼い主に対する無償の愛を感じることは出来る映画でもあります。

そうそう。もう2月も終わるのでスキー旅行の話もこれでおしまいにしようと。

腰を痛めたフランスでのスキー初日。次の日はユリ君を見送って、僕は1日安静を取ることに。なんでも無理はいけませんからね。その次の日は半日休んで午後滑りに。ちょっとまだ腰に違和感があったけど滑ることはできました。次の日はユリ君と最後に一緒に滑りに行ったのですが途中でユリから提案が。ここから赤のコースを降りると次のリフトがコース終わりにあるんだよね。ただ、赤でなくこのまま青だと違うリフトに乗り換えて、また違った青を通ってそのリフトに行くかなりの遠回りになるンけど、どっちがいい?

実はフランスのスキーコース青、赤、黒の3色分けでなく、緑、青、赤、黒の4段階に分かれているんです。緑がある分その難しさが黒寄りになっていてオーストリアの青に比べてフランスの青は赤の要素が強い。なので、フランスでは緑と青だけしか滑ってなかったんですよね。ここで赤が来るとは。

頑張るしかないと思い、赤をチョイス。では、赤コース自分でコースを取りながら滑ってごらんと言われ進んでみると。おーーーー。素晴らしいほど急斜面。雪だるまのように滑ったらあっという間に下までという感じの斜面なんですね。高所恐怖症と自分の中で芽生える恐怖との戦い。これがね、本当に自分を信じる力が大事だなって思いました。大丈夫!出来る!!ゆっくりと習ったように大きく、自分のペースでいけば出来る!!って言い聞かせながら一つのターン、一つのターン繰り返していたら、ちゃんとリフト迄たどり着くことが出来ました。30代で始めるスキーは、もちろん体力や体の動きが上手くいかないって言うのもあるけれど一番難しいのは自分の中で芽生える恐怖心との戦いだって思います。

最後の日はユリ君は自分の好きなコースを思いっきり滑りたいと言事なので、僕も一人で自分のいけるコースを考えて滑ってきました。最終日を終える頃にはスキーに楽しさを感じる自分がいました。

こうやって無事に僕の2週間に及ぶスキー合宿は幕を下ろしました。

フランススキー旅 リフトの悪夢再び

雪は解けることもなく、地面に残って真っ白のドイツ。夜から変わらず昼を迎えた今でもマイナス4度。それなら溶けることはないですよね。寒いけれど、いつもと違った景色の雪景色もいいもんですね。

さて、2週間前から始まった僕の新しい仕事。英会話講師。楽しくしています。と言っても準備や、どのようなレッスンプランなどを考えるので忙しいのですが。自分が理解していることや、今までした勉強法がみんなに当てはまるという訳ではないので、ひとりひとりの個性や将来の夢を聞きながら少しずつ手探りで模索している感じかな。けど、その感じも楽しいかな。2週間目も半ばを過ぎて、リピーターの人も多いし、毎日結構の予約数もはいるのようになっているので養子たーとが切れたかなと。あとは、これからも一緒に学んでいける生徒がついて来てくれたらなって思ってます。

さて、昨日のフランスのスキーリフトの話。

実はね、頭にリフトのガードが当たったりと書いたんですが、もう一つ問題が。スキーの手袋って首元をキュッと縛れる紐がついているんですね。二人乗りのリフトに乗ったのですが、これがまあ昔風。今のリフトってソファーのような感じなんです。ただ、このリフトはなんているんだろう。ベンチ状。間がスカスカ空いてる感じなんですね。こんなリフトに乗るのも初めてで、降りようとしたら体は降りたのに右手だけがリストに置いてけぼり。そう右手だけが後ろの方へ残っている感じ。このままでは僕は宙ぶらりんのままリフトとともに降りていくのかと思ったら、パチーーーーンとともに何かがはじけて右手が僕の体に戻ってきました。

最初は何が起きたのかわからなくて、どこも破れてもいないし、ケガもしていない。ただ、よく見てみると手袋が何か違う。右の手袋の紐がない。それに紐の先についていた調節用のプラスチックも。

たぶんだけど、この推測しか考えようがないのが、リフトのベンチ状の隙間にその小さなプラスチックが何かの拍子に挟まって運悪く降りるときに引っかかったままだったので最大限迄ゴムが伸びで切れたとかと。けどまあ、ゴムが切れるだけど終わったのでよかったのかな。

初日が少し最悪なスキー日となったのですがその後が。腰が痛い。そう再発。あわあわあわ。って状態で横になっておくしかないそんな状態。まだ初日のフランスでのスキー旅行。あと6日どうなるんでしょうね。

雪国のリフト恐怖体験

国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。とは川端康成の小説、雪国の冒頭文。皆さんもご存知かなと。素敵な始まりですよね。真っ暗なトンネルを抜けたら、見えた世界は真っ白な世界。今までのいた世界から、何か違った世界に飛び込んでしまったような思いにさせるこの弁のすばらしさ。すごいですよね。

雪の日って確かに今まで見ていた景色が非日常として現れますよね。あれは不思議。僕達が眠る時は電動シャッターを閉めるので真っ暗の中で眠るんですよ。そして朝シャッターをあげると朝の景色と対面をするわけなのですが、今日の景色がまさに雪国。

シャッターを開けるとそこは雪国でした。

 

うわー、雪が夜のうちに積もったんだね。ユリ君、まだ誰の足跡も車の跡もついていないよ。ユリ君が車で出かけるのが一番最初なんだね。運転は大丈夫?ってきいたら。「オーストリアに比べればこれくらいの雪は大丈夫だよ。」そう言われればたしかに。オーストリアでのスキー旅行中、ほとんどが雪が降っていたんですよね。時には横殴りでいたいぐらいの雪とも小さな氷ともつかないものがリフトに乗る僕たちの顔を容赦なく打つことも。けど、殆どはふわりとした雪が降る感じでした。僕たちがオーストリアを後にする日はラッキーなことに雪が前の晩から止んでいて、除雪車も出たのでチェーンを着けずに無事に運転できて、オーストリアから抜け出すことができたのです。なぜこんなに大げさな書き方かと言うとその後かなりの寒波、そして大雪がオーストリアにきて、いくつかの街は孤立状態になり、スキー場も大雪すぎで閉鎖になったとか。本当に運がいい。

僕たちは一度ドイツに戻って一泊。その次の日にはスイスを抜けてフランスへ。フランスはイタリアとの境のアルプス山脈にある町。

ユリ君曰く、ここはだいぶ前からあるスキーリゾートだからびっくりしないでね。と言われたのですが。まずは道すがらびっくり。オーストリアのスキー場に行く道はお土産屋さんがあったり、スーパーがあったり、明るい感じ。ただフランスのこのスキー場は真っ暗な山の中を物凄い蛇行した道を上ったり下りたり。何回も道を間違ったんじゃないのって所にあるんですよね。ついた時には本当にほっとしました。

どうやら今まで僕が訪れたオーストリアのスキー場って出来たのが結構最近で設備がかなり良いのだそう。確かにリフトもほとんどが雪が降った時にするカバー付きだったり、座る所にヒーターがあって快適。それに比べてこのフランスのリフト、殺人マシーン。オーストリアの乗る前にスピードが緩まるリフトにしか乗っていない僕には本当にそうしか見えないんですよ。ゆっくり座り込もうと思ったらもう、間違い。なぜか安全バーみたいのも僕の頭の位置でまず頭をぶつけてびっくりしてると、今度は足元をすくう位の恐ろしいスピードでリフトがアキレス腱の少し上ぐらいを思いっきり当ててくるんですよ。いじわる。心拍数あげながらどうにか乗って、寒さに触れながら山の上に。今度は降りる時の恐怖。だって、スピードが遅くならないんですよ。物凄く焦りながら降りる準備。「よし、降りれた。」僕の知ってるリフトって大体スーッと前に行けば広がったスペースがあって進んでいけるのですが、このリフトは降りたらすぐに左に行かなきゃいけない。僕は残念ながら右側に座っているので一番距離が遠い。降りれて、ほっとしてさ左に左にとゆっくりしてたのがいけなかった。

何か叫ぶ声が聞こえるなと思って声の聞こえた後方をみたら今座っていたリフトが僕の目の前に。うわーーーーーー。しゃがんで倒れ込んだので直撃ヒットは避けられましたが、びっくり。

苦笑いのユリ君。ちゃんと降りなきゃねって言われてしましました。

こんな始まりのフランススキー旅行。

 

恐怖の先にあるもの

部分月食にスーパームーンと重なったドイツ。こんな神秘的な日にユリ君はまた一つ年をとりました。34歳。おめでとう!!英会話のクラスが結構なコマ数入っていたので、朝7時過ぎからスポンジを焼いて冷まし、昼過ぎの空き時間にシロップを作ってスポンジに沁み込ませて、すべてのクラスを終えてから生クリームを泡立てて飾り付け。今回は日本の誕生日ケーキみたいにしようと思っていたのでショートケーキにしました。飾りはイチゴの他にキウィとクルミも加えて。

直径20cmのケーキなので2人で食べるにはかなりの量。ということは夕飯に誕生日のごちそうを作ってもケーキがお腹に入らない。ならば、夕飯は軽めにしてメインをケーキにしようと。なので夕食はスパゲッティーにアボカドとトマトをオリーブオイルと醤油で和えたもの。ただ、パスタに味が馴染まないかもしれないので茹でたパスタに素早く出汁を混ぜました。

ケーキがメインなので、半分食べちゃいました。ユリ君も、「おいしい。おいしい。」って食べてくれて、写真まで撮ってました。こんな些細な言葉や行動が造り手には嬉しいんですよね。

さてさて、スキーの話。どうにか男性限定1日限定スキー旅行を生き延びた僕。

ただ、生き延びたのにどうやら腰を過度に使いすぎたのか、、、、痛い。痛い。痛い。

実はこの日は大みそか。その晩は年越しのパーティーが開かれる予定だけど、僕はとてもそんな状態じゃない。僕はゆっくりベットで休むことにしました。30代後半なのにちょっと無理しすぎたかなー。

となれば元旦をどう過ごしたかと言えば、おわかりですね。ベットで安静にしてました。まさかこんな風に2019年を迎えるとはね。ユリ君はこの日も元気にスキーにいって1日中滑っていました。よく元旦にしたことをその年はするって言いますよね。あれ、これって日本の話だっけ?ヨーロッパだっけ?ってことは」僕はひたすら安静する年になるってこと???困るな―。

ただ、2日目から腰もよくなったのでまたスキーの日々が始まったんですけれどね。

今回のスキーで思ったことは、やっぱり恐怖心との戦いだなって。前は本当に急斜面が怖くて、しかも自分で動いているスキーを制御できなくなったらどうしようということがひたすら頭に湧き上がってきたんです。それが沸き上がると大体において転んでしまっていた。ただ今回は2回目のスキーということもあり、初心者コースでスキーの板に重心をうまく乗せるという練習を自分なりに反復して体に馴染ませて赤い中級コースも下っていたんですね。だから、何とかなるという自信が持てた。これが大事だったようです。

今回は初めてのコースで明らかに、「うわー怖い!!」って思う斜面が出てきたときに、恐怖心とともに、どのコースを取れば楽に下りれるかなって言う考えが一緒に出てきて、あとはその恐怖心を押し込めて自分の感覚に従ってすべる。そうすると怖くなくなるんですよね。それよりも、滑れている自分に酔ってしまうような、高揚感が出てきたんです。これは新発見。

やっとスキーの面白さを味わえて前半戦のオーストリアでのスキー合宿を終えました。

月食とスキー地獄

寒い、寒い、寒い。本当に寒い!!週末から気温がマイナスから上がらないという寒さ。びっくりですよね。今朝の温度はマイナス4度。

そんな寒いのに昨日なのに、出かけました週末。土曜日は家から25分かかるスーパーへとユリ君と歩いていってきました。本当に抜けるような青空で太陽もわずかな温かみをもって光っていたので、散歩がてら。帰りはかなり重い荷物を二人でもっていかなくちゃいけなかったんですけどね。けど、肺いっぱいに冷たい新鮮な空気を取り込めたのはよかったなって。次の日の日曜日は夕方にランニング。寒いけど、素敵な夕暮れを見ながら走ることが出来ました。こんなに寒い中にいると、冬の醍醐味は寒さの中に身を投じるってことなのかなって。

そうそれと、今日はドイツの明け方に月食が見えたんですよ。5時前から欠けはじめて、最後は薄い赤色を帯びて暗くなりました。

頑張って望遠で撮影したけれど、遠い月はこんなに小さくしか映らないんですよね。

さてスキー合宿で突残誘われた1日スキー旅行。これ男性だけなんですね。それで、初心者クラスの50代の男性も誘ってるから大丈夫だよって言われて参加したんですけどね。

まずこの1日スキー旅行は、このスキー合宿を主宰してるピーターさんが引率してくれるんですね。ちなみにピーターさん、体型は違うけど顔はサンタクロースみたいな優しい顔。年はうーん。60-70の間かな。もしかしたらもっと上なんかも。ピーターも、「大丈夫、大丈夫。」って笑顔で言われて安心しきっていた僕。

ここスキー場の説明をしなくてはいけないのですが、オーストリアではスキーの全てのスロープに色が付けられています。青が初心者、赤が中級者、黒が上級者。なので、自分のレベルに応じてどのコースを滑るか決めるんですよね。それで、僕はほとんど青。赤は誰かについていって頑張れるくらい。黒なんて言うのはもちろん未開の地。

感がいい人はもうわかりましたよね。この男性オンリーの1日スキー旅行、黒いコースを滑らなきゃいけなかったんです。しかも2度。もうね、赤でも急斜面なのに黒は「崖か!!」って思える斜面を行くわけです。この1日旅行に参加したのは10人ほどでみんな上手な人ばっかり。僕は2番手か3番目の位置で滑らせてもらって先頭を行くピーターのコース取りを真似して滑るんですが、速い、速い。綺麗なパラレル走行で年齢を感じさせないほどにスイスイ本当に滑るように下っていくんですよね。

もう一人の初心者のおじちゃんも転倒したり、スキーが取れたりと必死な初心者ふたり組。午前中はなんとかついていけたのですが、午後になってあれ腰が痛い。けど、山の中で宿からははるか遠くの土地にいる僕たち。頑張って下るか、救急隊を頼んで担架で麓に降りるかのしか選択はないわけで。そうなると、担架で運ばれるまでの大事ではないし、頑張って下るしかないんですよね。

そして最後のスロープで来ました。嬉しくないものが。右腿の筋肉がつるっていう事態に。もうね、滑りながら足に疲れが来ているのがわかるんです。「あー。足をつりそうだな。」って感じるんです。そしてスロープの途中でストップした瞬間、痛みが。数分間で少しは楽になったので足を騙し騙しようやく麓まで降りることができました。

終わった後はパブで飲み会。頑張ったねって褒めてもらえて、ビールも美味しかったです。あー。本当に頑張ったな、自分って思います。黒のコースはね、しばらくお預けでいいかな。

混沌と喧騒、そして子供たち

金曜日。久しぶりに、「おー。週末来たな。」って思える今日。そう、火曜日から英会話の先生を初めて今日で4日目。週末は授業をしないので、ちょっとブレイクタイム。初日に7レッスンの予約、次の日は1件、そして昨日が4で今日が5レッスン。今はまだレッスンの準備とか、働いている会社への報告とかでたくさんの時間を授業以外でも費やしていますが、その時間も楽しいなって思ってます。

何よりも楽しいのは生徒がみんな一生懸命で、年上の人も多いのでこの言い方はだめかもしれないけど、かわいい。宿題を頑張っていますというメッセージがきたり、将来の目標を話し合ったり、本当に一生懸命な姿が見えて、かわいいなと思うし、僕が頑張って楽しい英語学習を提供しようって思えるんです。本当にどの生徒もいい人で次回合うのが今から楽しみです。

もし興味がある人がいたら、ワールドトークという会社です。僕はTakという講師名で登録しているのでウェブで探してみてくださいね。

さてスキー旅行。

今回のオーストリアでのスキーは60人の大所帯。青年の家のようなスタイルの宿で基本は2段ベッドが3から4つ入って部屋にはトイレとシャワーがある造り。ただ、ユリ君が僕に気を使って二人部屋をとっていてくれたんです。これは本当にありがたかった。スキーに参加した人たちは本当にいい人ばかりなのですが、ドイツ語がままならない僕にとっては夕飯の後ぐらいは一人でゆっくりとしたいって言うのが本当の気持ち。本当にありがとう、ユリ君。

朝ご飯と夕飯はみんなで一緒に食べます。この施設には僕たちの他に、他の団体も入っていて多分150人くらい収容できるようです。朝ごはんは時間差があるようですが、夕飯はみんな一緒。初日、その賑やかさにびっくりしました。子供はたくさんいるし、大皿に乗ったスープやメインがテーブルに並べられ、サラダバーには長い列。みんなでワイワイ食べる夕飯なって何年振りなんだろう?最初はかなり面食らったのが本音。子供は泣いていたり、大声で話していたり、食べるのに飽きてうろうろとしていたり。混沌としか言えない状態が。

混沌とか言ったら、小さなお子さんを持つ人たちからは怒られそうだけど、びっくりしたのは本当。うわー!!親になるってたいへんだなっても思いました。子育てって大変ですね。僕とユリ君は静かな2人暮らしだし、ミニたちもKちゃんたちも子供がいないので、子供のいる生活に出会う機会が少ないんですよね。そんな状態でたくさんの子供たちに囲まれて生活することになってそのパワーに圧倒されました。

そんな喧騒に慣れてきた時にある人から声をかけられます。しかも英語で。「明日、スキー旅行主催者のピーターが毎年恒例の男性だけの1日スキーツアーに行くんだけど、一緒に来る?」と誘われたんです。なんでも初心者の50代の男性もいくとのことで、僕でも大丈夫だよと言われたので承諾をしました。

そのツアーがね、、、、。それはまた次回に。

スキーとドイツ語の日々

今週から、英会話の先生をオンラインで始めまして忙しい年明けになっています。初日のレッスンが7コマと、多く結構焦ったりもしたのですが昨日は1コマ。今日は4コマと余裕をもって授業に臨めているように思います。

生徒さん、みんな英会話力、英語力を上げようと頑張っている人が多く、教える僕にもその気持ちが伝わって来て嬉しいものです。生徒さんと接して思うのが、「日本人は英語が苦手、下手。」っていうのがあるけれど、本当は違うんだなって思います。基礎力はみんな持っていて文法も語彙もしっかりしている。ただその頭の中の情報を上手く言葉に乗せるのが苦手、または自分の意見を言うのが苦手というだけなのではと。

僕の生徒さん、どの人も伸びしろがかなりありそうなので楽しみです。

さてさて、スキーのお話。僕もスキーは初心者ですので、伸びしろ無限大ですからね。笑

オーストリアでスキーをするのはこれが2回目。本当に景色がきれいなんですよね。ザルツブルクからそんなにも遠くないところにあるスキー場。ここに着いたのが午後だったので、スキーはせずにリフトに乗ってスキー場見学に。

綺麗でしょ。夕日に照らされて、、、、って言っても午後3時半なんですけどね。

今回のオーストリアでのスキーはもう、合宿のようなもの。ユリ君の地元の人たち60人ぐらいがバスを貸し切ってきているんですよね。それで青年の家のような施設で寝泊まりを共にしてスキーをするというもの。クラスも分かれていて、スキー初心者、スキー中級者、インストラクタ―コース、スノーボード初心者、スノーボード中級、スノーボードインストラクターコースの6つ。もちろん僕はスキー初心者コースです。

実はかなり不安だったんです。だって、みんなドイツ人だしこのグループで朝の8時半から午後3時までは行動を共にするわけで、つたないドイツ語の僕がどうやって生き延びれるのだろう、、、、とか、スキーの先生の言っていることがわからなかったらどうしようとか。

幸運にも初心者の先生がユリ君だった時の僕の安堵感と言ったら、あらわしようがないほど。僕のグループは全部で8人。年齢も11歳から50歳と幅広いのですが、20歳以上は僕と50過ぎの男性の2人。

スキー初日、ユリ君が教えてくれるものとおもいきや、インストラクターになりたいコースの子たちが個別で教えてくれるというのです。僕は50歳の人とともに、17歳の子に教えてもらいました。これが2回目だったので何を指示されているのかわかるので一安心。午後はユリくんが初心者全員を指導。やったーと思っていましたが、すべてドイツ語で必死に次に何をしなければいけないかなどを理解して、頑張りました。

色々とあるんですよ。滑るやり方とかはね、わかるんだけど。じゃ、上から順番に5mほど滑って、次の人はその下5mほどに行く。そうすると長くなっていく列。それをジグザグジグザグで進んでいって、永遠につながる直線で下まで滑っていくというもの。

ドイツ語力上がったんじゃないかなって自負してます。けどやっぱりもっと喋れれたらいいなーって気持ちも日に日に増していったのも事実なんですけどね。頑張らなきゃな―。

6時間のスキー、そしてその間もドイツ語にまみれるから、家に帰り着くともう疲労感が半端ない。ご飯を食べてユリ君はゲームなどをしに他の人と談話室のようなところに。僕は、もうドイツ語はいらないとリラックスタイム。やっぱり自分の時間って大事ですもんね。

そんな数日が過ぎて、ある日お誘いが。それがね、まさかまさかの旅になったんです。

今更ながら、新年のご挨拶

1月半ばになりながらも、今更?って思われそうですが、、、。明けましておめでとうございます。

最後のブログがクリスマス前なので久しぶりになりますが、今年もよろしくお願いします。今年は僕にとっても変化の年になりそうです。色々な人に出会いそうな年となりそうです。

出会いと言えば、年末にたくさんの出会いがありました。実は年末年始ブログをかけない環境にあったんです、スキー旅行に行っていたんですね。僕のブログを読んでいる人はお分かりと思うのですが、僕は去年からスキーを始めたんです。なぜかというと、ユリ君がスキー大好き人間だから。

ユリ君がスキーを始めたのは幼稚園の時。それから毎年のようにスキーに行っていたようで、スキーのインストラクターとして働いていたこともあるんです。なので、スキー上級者。それに比べて僕は30代後半でスキーを始めて、急斜面に怯える初級者。その差は月とすっぽん、というかそれ以上。

去年の初めてのスキーは僕のイギリス友達も呼んで6人で行ったんですね。そのうち初心者が4人。あとの2人は上級者ユリ君と、中級者ミニ。その時は1週間のユリ君のスキーレッスンの後にどうにか滑れるようにはなったのですが、スピードも遅いし、ちょっと急斜面だと恐怖心から転ぶし、足はその為に痛いしと、苦労しました。

なので、今回の旅行も少し不安だったんですよね。また転ぶのかな?あの恐怖心がまた去来するのだろうか?などなど。

そのスキー旅行、ユリ君は早いもので夏には予約を入れていたんですね。そしたら10月ごろに、ユリ君の地元で毎年バスを貸し切って1週間年末にスキー旅行をする団体がいて、そこからユリ君に連絡が。「スキーの先生を引き受けてくれないか?」という相談だったんです。それでフランスとオーストリア、各1週間ずつの計2週間となりました。2週間のスキーって、もう合宿でしょ?

その2週間を終えて今思うのは、本当に色々と頑張ったし、色々な出会いもあったし、スキーの面白さを理解始めることも出来たのでよかったなと思ってます。

明日からはその2週間のダイジェストを書いていきたいと思います。

みなさん、今年もつたない文章でつづるブログではありますが、よろしくお願いいたします。

頂き物から何をしよう

自分が年をとったなって、最近思うことが多いんですよね。まあ、僕の40になるのが数年先なので、いつまでも若々しくは入れないというのはわかってはいるのですが、時に自分の姿に愕然としてしまう事も。どうなんでしょうね。子供がいるか、いないかで30代の時間の流れの気づきって違うのかなって思います。

子供がいるのその子が成長するたびに時間の流れを確認できるけれども、僕のように子供がいないといつまでたっても気持ちは20代のままで、なんとなく年を取っていない錯覚に陥ってしまうんですよね。もちろん鏡で自分の姿を見ているのでわかることもあるのですが、写真で見ると「うわ。年取ったな。」って思ってみたり。実はこれ自分の声を録音した時に感じる違和感と同じなんだそうです。

鏡の中の自分は反転したイメージでいつもその顔に見慣れることによって、自分の顔に愛着を持つようになるのだとか。だけど、写真で写る自分は反転をしていないので、見慣れていないから「自分でない。」と思ったり、「いつもより不細工。」って思うのだそうです。面白いですね。もちろんカメラのレンズによって顔が大きくなったり小さくなることもあるので、どれが本当の自分かと言うと難しいのですが。

ともあれ、自分の年齢を受け入れていくしかないですよね。老いた分だけ知恵もつく。悪いことばかりではないですもんね。ってわかっていながらそれを受けい入れるのってかなりの勇気もいりますが。

さてさて、アヒルの日にユリ君の両親を訪れた時にお土産をもらっていたんです。

ユリ君の両親の庭にあるリンゴの木。この木にたくさんのリンゴが生るので、そのお裾分け。ドイツの庭では結構、リンゴの木を植えている家が多くてしかも小ぶりのリンゴがたわわに生っているんですよね。御覧の通り、そこまで綺麗な感じではないんですけれどね。

それでクリスマスはユリ君の両親の家に行くし、その後はスキー旅行もあるので絶対にそれまでに腐れてしまう。どうしようっと迷って考え付きました。

そうだジャムだ!!

こうして僕の初めてのジャムづくりは始まりました。

まずはリンゴの皮をむいて、細かく切る。僕は包丁では皮むきができないので皮むき器で。

種、芯、傷んだ部分も取り除いて、これに砂糖を入れて弱火でひたすらに煮詰めます。

リンゴの量の半分の量の砂糖で煮詰めました。最後にはわいムジュースを絞り混ぜ合わせます。本当は甘みがあまり多くないほうがよかったのですが、砂糖が少ないと長持ちがしないそうなので多めの砂糖。煮沸した瓶に詰めて出来上がり。こうすると1年間も持つのだそう。

初めてにしてはなかなかの出来ではないかと自負しています。

国が変われば

さてさて、真冬のドイツ。本当に暗い、、、。朝起きても今は9時をすぎても薄暗いし、今も何となく暗い午後の3時。あ1時間もすれば暗闇の中にまた戻っていきます。この季節はまだクリスマスを待つ時期なので気分的には明るいのですが、問題なのはお正月過ぎてから3月の半ばまでの間なんですよね。どうにか乗り切れるかな、今年も。

ヨーロッパの冬は本当に暗いんですよね。日本でも冬は暗いよって言われそうですが、半端なく暗い。この季節にうつ病を起こしやすい時期でもあるんです。僕も最初の年にはやられました。酷いものではないけれど、なんとなく悲しくなったり、やる気が出なかったり。出るのはため息ばっかりと言った感じで。これがヨーロッパの冬の洗礼かと思いました。それが2006年だから、今年でヨーロッパで迎える冬も12回目になるんですね。早いなー。

毎年慣れてきている感じはあるし、暗いなら家の中をロウソクの穏やかな光や、包まれると心地よい毛布にくるまって好きな映画を見たりと、暗闇や寒さを楽しむようにしています。

新しい国に来るとやっぱり母国にいた時とは違ったことが多くてびっくりしますよね。冬の暗さとか、太陽の位置が夏でもそんなに高くならないとか、これって現地に住まないとわからないことで。そしてこれはただ単純に地理的なもの。それにプラスして、言葉、文化、常識、歴史が絡み合ってくるからそれに慣れていくというのは簡単なものではないですよね。幸運にも僕はユリ君がいるのでわからないことを聞けば教えてもらえるのは本当にありがたいなって。あと、僕は高校を卒業していろいろな所や国をうろうろと生きてきたので、順応性があるのも良かったなって思うところ。

ではそうでなかったら、どうなんだろう?って考えることがあるんですよね。例えば僕のドイツ語の教室にいたほとんどの人は難民としてドイツに来ているわけで。自分で他の国に住みたいからと思ってドイツに来たと言うよりも国が戦争で大変だから逃げてきたという所が理由で。もちろんドイツに知人がいるわけでもないし、だけど子供を抱えて生きていかなきゃいけない。言葉も違えば、習慣も違う国で生きていかなくてはいけない覚悟って半端ないだろうなって。

最近日本に来た移民の人のドキュメンタリー番組を見ることがあってみたのですが。やっぱり難しんだなって思いました。ミャンマーに住むある部族は内戦で政府からの迫害を受け、多くの人が難民となって隣国に逃げたのだそう。そんな中タイに逃げたある一家が8年前に日本に難民として住み始めました。そんな彼らの物語。

日本って移民や難民に厳しい国ってご存知でしたか?2016年にドイツへとシリア難民が数多く来ました、他の国が難民に国境を閉ざす中、それを受け入れたドイツ。その数は26万に。最近は移民にうるさいアメリカもこの年の難民受け入れは2万人を超えています。じゃ日本はっていうと20人。難民が来なかったのではと思われそうですが、難民を申請した人はなんと1万3000人。それで受け入れられたのは20人。ね、厳しい。

そんな移民が少ない中で生きていく移民の人も大変だろうなって。僕のクラスメートたちは他にも同じ国から来た移民の人がいるので、困ったときにはお互いが助け合っている感じだったけど、その母体数が少ない日本になると移民として生きるのが難しいだろうなって。

この一家は両親と3人の子供。子供は8年たった今は大学生、高校生、中学生。高校生のお姉ちゃんと、中学生の妹は完璧な日本語。お兄ちゃんは日本に来たのがティーンになってからなので完璧な日本語ではないんですよね。だけど、一番大変なのはお父さんとお母さん。自分の言いたいことがすらすらと言えるほどではなく、喋れることが出来ないから仕事も喋ることの必要のない清掃のお仕事。

けど、もっと大変なことは家族の中での溝。ミャンマーの生活スタイルに重きを置く両親に比べ、高校生の娘はそんな両親の日本の馴染もうとしない姿をうっとうしく思っているという構図。その間に立たされるのがお兄ちゃん。本当に難しい問題だなって。両親にしてみれば自分の民族習慣を残したい、これも最も。だけど若くして来た娘にとっては日本と言うのが社会のベース。これもわかる。なんとも難しいんだろうと思いながら見ていました。

そんな中、ピクサーの短編アニメがあって。何かそれに通じるものがあるなって思ったのでお裾分けを。