長い帰路が、ありえないくらいに長くて

ロンドンに帰って次の日だっていうのに、夜の11時にブログの更新です。ドイツでは9時半に就寝していたのに、ダメな僕ですね。けどね、色々とあったんですよ昨日の帰路で。そのことには後に触れるとして、今日のことから。

久しぶりのロンドン。だけど3週間ぶりのロンドンはなんとなく違った感じの印象を受けました。たった3週間のドイツの田舎での滞在でしたが、どうやら僕の体がその生活にどっぷりと浸かり込んでいたようです。ぎこちなさの様なものを感じてロンドンの中心部へと行ってきました。

実はね、この休暇の前に2年間(レストラン時代も含めると働いた年数だと4年半かな。)働いていたテイクアウェーの店を辞めたんですよね。それで、久しぶりなのもあって顔を出してきました。相変わらずの仲良しのみんながいて、そんなに長湯をするつもりではなかったのですが3時間ほどいました。その後は家に帰って片付けやら、書類整理などで家にいました。なので、まだ休暇気分といえばそうなんですが、、、。

実はね、ちょっと寝不足気味。なぜかって、それは昨日の就寝時間が午前3時だったからなんです。しかも家に帰り着いた時にはかなりの空腹で、だけど休暇明なので冷蔵庫には何の食べ物もなく、、、。”こんなはずじゃなかったのにな。”と思って眠りについたのですが、、、。

何が”こんなはずじゃなかった。”って気になりません?

実は昨日の飛行機ロンドンに午後6時過ぎに着く予定だったんですね。それ何に、家に帰り着いたのが午前2時って?ってなるでしょ?僕のフライトが遅れること5時間。そう、5時間。しかも色々なことが重なっての5時間だったのでお時間ある方は一緒に僕の5時間を体験してください。

今回の飛行場はいつものブレーメンでなくてハンブルク空港。ハンブルクはドイツ第2の都市とあってブレーメンとは違い飛行場も大きいんですよね。ここへはユリ君の家から電車3本を乗り継いで4時間ほど出来ました。無事にチェックインも済ませ、セキュリティーの全身レントゲンマシーンの様なものもほとんど並ばずにいい感じ。出発の2時間前に来たので、時間を持て余すほど。今読んでる本を読み進める時間に当てて時間つぶしを。

この時に電光掲示板で全く同じ時間に別の飛行機会社でロンドンの僕の空港とヒースローに行く便があったのですが、もうひとつの方は出発が15分遅れに。僕の方は問題なく定時出発。”あれ、よかったこっちで。”なんて思っていたんですけどね。

搭乗時間の15分前に人々がゲートに並び始めたので僕もその中に。しかも結構始めでいいポジション。(席上の荷物置き場の争奪戦を制したいので僕は結構早めに並ぶんです。)そして搭乗時間になり、出発時刻30分前に突然のアナウンス。”到着便の遅れにより機内へのご案内は1時間後です。”そこらじゅうで溢れる大きなため息の嵐。”もう少し前にそのことわかってたんじゃない?”って思いながらもまた、待合室へ。

そして1時間後遠くに僕たちの乗る飛行機の到着が見えました。ゲートが開かれ階段を降りたところにバス乗り場が。僕たちの飛行機は外階段で登っていくタイプなんですね。けど、このバスが普通は2台でピストン運行なのに列が動かない。多分予想なんですけど、最初はバス1台だったのであまりにも動かなかったよう。けど、ようやく機内に。ちゃんと荷物も自分の席の上に収納できたし、あとはロンドンに帰るだけ。この時の遅れが1時間20分。

窓側の席だったので遠くを見ると右側は晴天の空が、左がどんよりと青黒い雲が。そういえば、”今日は雷が伴った嵐が来るらしいよ。だけど、Takの飛行機の頃にはまだ来てないから大丈夫だよ。”と今朝ユリ君が話していたことを思い出してその空を眺めていたら、、、。ピッカ!!っと閃光が。それとともに滑走路にも雨模様が。最初は小降りだったのですが徐々にその雨量は増え一面は霧のように真っ白に。その中に時々光る雷。どうやら1時間20分の遅れが、あの嵐と重なってしまったようで。機長のアナウンスで、”ただいま地上スタッフは嵐のため動けません。機内でしばらくお待ちください。”との指示。これで待ったのが40分ほど。

嵐って以外と来るのも突然ですが、去るのも早くて雨脚が弱まったなと思ったら先まで雨雲だった空は青みを帯びた綺麗な色に。機長からの再度アナウンスがあり、”では、天候も良好になったので滑走路に向かいます。”とのこと。ゆっくりと動き出す機体。この滑走路に向かう時の動き、僕好きなんですよね。”よし、飛ぶぞ”って飛行機が気合いを入れる感じがして。

機体が最終カーブをまわって滑走路に。あとはここから、飛ぶのみ!

と思ったら、ちょっとずれる機体、そしてどんどんずれて次の滑走路のようなものが、”あれ、ここなのか?”と思うとそこも越えてす進んでいく飛行機。そしてまた大きく回って止まりました。そして窓の外を見てびっくり。”さっき待機していた場所に戻ってきてるじゃん!!”

ここで、機長のアナウンス。”離陸しようと思ったのですが、機内の天候を感知するマシーンが壊れて、この飛行機では飛べません。今日はロンドンへは帰れない可能性があります。”もちろん、機内は静かな怒りとピリピリとした空気でいっぱい。何も情報がないまま機内で待機させられる僕たち。

するとその20分後くらいに、”朗報です。あと30分ほどで、我が社の飛行機がこの空港に着くのでそれに乗り換えてロンドンに飛ぶことになりました。飛行機は空港の反対側に到着となりますが、皆さんが楽に乗り換えができるようにこの機内のまま、移動をしたいと思います。ですので、乗り換えも含めて1時間後には離陸できると思います。”とのアナウンスが。

それから30分後、”飛行機のまま移動をしようと思ったのですが、許可がおりませんでした。自分の手荷物を持っていったんこの飛行機を降り、迎えのバスが来るのでそれに乗り皆さんを乗り換えの飛行機へとご案内します。”

そのバスに乗ったんですが、本当に遠い遠い、どこまでこのバスは進んでいくんだろ?ってな距離で、バスが目的に着くにも完璧に乗り換えの飛行機の整備が出来ていないのか、数分間すしづめ状態の車内で待たされ、結局2時間後に離陸の運びとなりました。

ロンドンに着いて電車にうまく乗れて、ロンドンに着いたのはいいものの午前0時40分。この駅はロンドン中心街の東にあって、僕の家までの電車が出ているのは北。そして最終は1時34分。あまりバスや地下鉄で早く行っても立って待っているだけ(ロンドンとかって座って待って入れる場所が多くないんです。それに、長時間座っていたしね。)

もうね、こうなると”自分の力でどうにかしよう。”みたいな変な高揚感があって,東の駅から北の駅まで5kmほどなんですが40分ほどかけて真夜中に眠るロンドン中心地を颯爽と歩いて帰りました。

そして無事に1時34分の電車に乗って家に着いたのが午前2時過ぎ。

ユリ君の家を出たのが午後12、そして帰り着いたのが翌日の2時ですからね。長い1
日となりました。

長文、わざわざ最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

明日の遊びはこれで決まり

いつの間にか時間は流れて、月曜日。仕事に行くのが億劫になりますよね。僕が一番苦手なのは、朝起きてから仕事場に着くまでのあの時間。仕事の仲間にも、仕事も好きなんですが、月曜日は心の中に雨雲が立ち込めてることが多いのは僕だけではないはず。

週末は果てしなく長いように見えるけれど、一歩ずつ進んでいこうかな。と思う月曜日の夜です。

ユーチューブって、厄介者ですね。一度見始めると止まらなくなって中毒性が高い、高い。ここから日本の情報をたくさん入手しているのも事実でリアルタイムで日本で何が起きているのか、話題になっているのかがわかるのはありがたい話。

僕がアメリカに最初に留学していた時はパソコンも持っていなかったので、時々学校でヤフーのニュースを見ることしかなかったので、日本に帰った時に浦島太郎状態でした。それが今やイギリスにいながら、まるで日本に住んでいるような感覚で情報を得れるってすごいことですよね。テクノロジーの進歩なんですね。

そんなユーチューブで面白いものを見つけました。

これアメリカの有名なテレビ番組で、その中のコメディーコントなんですが、日本がテーマなんです。この場面を詳しく説明すると、設定は大学の構内テレビの収録、しかも真夜中の誰も見ないような時間帯。出演するのはこの大学で日本語を学ぶ学生二人。学生のテレビなので、顧問の先生が監視役として傍らに。この二人、日本のマンガ、アニメが大好きで、そこから得たリアクション、日本語的雰囲気の語尾に歌などを披露。途中でゲストに出てくるのはなんと、ケーティーペーリー。彼女、この大学のキティちゃん愛好会のメンバーなんだとか。説明が長くなりましたが、見てみてください。

 

もうね、面白すぎるでしょ。多分英語がわからなくてもリアクションの感じで伝わるんじゃないかと。日本語の教授は、”これは日本語ではないからね。愛のある人種差別っていうものがあればこれなんだろうね。”とのコメント。本当に愛らしいキャラクターで、僕は特にこの男性がゲストを紹介するときの感じがツボにはまってしょうがないんですが。

ちょっと、明日お店に行ったらこの喋り方とリアクションで遊んでみようかなって思ってます。

第3言語の取り組み方

最近、疲れが取れない気がして、、、。体も頭も少しフル回転をしすぎなのかなって感じています。この忙しさが一息つくのはイースターホリデーかと。今年のイースターは来週の週末。そこまでは頑張ります。

体があまり疲れていると、他のことをしようという気にさえなれなくて困りませんか?家に着くなり、疲れがどっと押し寄せて、ソファーから動けなくなってしまい、ちょっとでも油断すると眠気が襲ってきたりして。

だから今勉強中のドイツ語は朝の通勤時間にすることが多いです。朝の電車の中で20分ほど。帰りも余裕があれば20分。時に夜寝る前にもできる時は10分ほどしています。

面白いもので少しづつでも着実に伸びてきています。語学学習の良いところは初期は自分の成長が目に見えてわかるところ。この前まで読めなかったものが読めたり、なんとなく会話の意味が見えてきたり。

勉強をしている時は、英語で考えているか日本語で考えて今はドイツ語を勉強しているんですよね。日本語で書かれたドイツ語に関する本の時は日本語的に、携帯のアプリのドイツ語ドリルの時は英語で。ただ、問題なのは時々ユリ君とドイツ語絵話すときに日本語と英語の脳が混線するときがあって、びっくりします。とっさに何かを言おうとするときに起きるんですが、ミニちゃんにドイツ語の単語を言ったり、ユリ君に日本語の単語で声をかけたり。これは面白い現象だなんって。

”第3ヶ国語目は簡単。”っていうじゃないですか。確かにそうなんですよね。そこまで苦しいって感じないんです、学ぶことが。それは多分、良い意味での諦めがあるからなんだと思います。僕が英語を勉強していた時は、”上手になりたい。ネイティブと変わらないようになりたい。”という願望が強くて力み過ぎてた。だけど今は、”言葉というものは時間をかけて、学ぶもの。ネイティブのように話せなくても相手に自分に痛いことが伝わるのが大事。”って思える心の余裕。

あと2ヶ国語目で、”母国語にあてはめられないルールや考え方がある。だから、母国語のルールに当てはめる必要性はない。ルールに当てはまらないのなら、自分の中で新しいルールを作ればいい。”って経験しているから。これは言語の習得に役に立ちますよ。”どして日本語ではこうなのに、こんな順番なんだろう?”って思っていてもそれがその国の言葉のルールだから仕方ないんですよね。”そっか、こんなものか。じゃ、自分がそれに順応しなきゃな。”って気持ちが早く言葉を習得できるポイントかもしれません。

このドイツ語の勉強、僕はこれは大きなパズルを作り上げているんだなって思っています。小さなピースをあれでもないこれでもないといろいろなところに試してみて、ぴったりとはめて最後に大きな一枚のパズルを作り上げる。時にぴったりと合点が行くこともあれば、入っていそうでどこかキッチリと入っていないピースもある。けど、そこが面白いなって。時にユリ君の手を借りてその絵を完成させてゆくこの作業は。素敵だなって思います。愛する人のしゃべる言語を学ぶってロマンチックですよね。

今僕のパズルはようやく枠組みの一部は少しづつ長くなってきたところ。自分で文章を少しだけ作れるようになっていているし、単語を聞いてぼんやりと意味が頭の中でイメージとして出てきているそんな時。

いつかは問題なくドイツ語喋れるようになりたいものです。皆さんにも語学学習、お勧めします。

憂鬱な電話

暖かな春の日が続いていて嬉しいのですが、”また、冬のような寒さが戻ってくるんじゃないか?それともこんなに晴れるのは今だけで、これが最後の夏日かも、、、。”なんて思ってしまうのはイギリス人ならではの感覚かと思います。

イギリスで何か喋り始める時に必ずと言っていいほど天気の話になるのは面白いですよね。気がつくと僕のブログの始まりもいつも天気の話で始まることが多いし。

けど、もしかしたらこれはイギリスだけでなく、イギリス近辺の国々では同じことがいえるのかもしれません。友達のブログ仲間の書き出しはやっぱり天気についての表記が多く見受けられますから。

そんな穏やかな天気だった昨日、あるところに電話をしなくてはいけなかったんですよね。これがちょっと憂鬱な電話で、、、、。

電話ってもともと相手の表情が見えないし、好きではないんですが、、、、。今回は今月末にスコットランドで結婚式の撮影があり、その撮影場所の中に公園で撮影をすることになっているんですよね。イギリス、このような公共の公園で撮影をする場合は許可書が必要で、しかも結構な費用を払わなくてはいけないんです。8000円ほど。”高い!!”でしょ。(ただ観光目的で撮る分には許可などはいらないんですけどね。)ロンドンではだから公園は避けているんですが、スコットランドは僕の未開の土地。調べてみたのですがあまり撮影場所になるところが見つからないのもあって、公園撮影に。

この申請、ネットで書類をダウンロードして必要事項を書いてメールで送り、申請料は電話で振り込むといったもの。ただ、申請書類を受け取ったという返信が来るのか、また支払いの際に申請番号などがあるのかなどの明記はなし、、、。なのでメールでそのことにもふれて申請したのが先週。その後返信があるも、全く事務的で質問を完全無視したメールが来て再度、メールを送ってやっと先週の終わりに留守電が。

電話をかける憂鬱さは、スコットランドだからなんです。もちろん、スコットランドに何の恨みもないんですよ、ただねスコットランド訛りが最大の恐怖。

イギリスってそんなに大きな国でないにもかかわらず訛りが多数で、時にはないを言っているかわからないほどの酷さ。5年ほど前に僕の使う印刷所(スコットランドにあるんです。)電話をしたのですが、ある女性がしゃべる内容が4回も聞き直したのに全く聞き取れずに最後は、”じゃ、すべては上手くいっているんですよね。”って質問に”イエス”の答えで押し切ったほど、、、。

今回の留守電、先週末と月曜日にもあって、最初のメッセージなんて3回聞いてやっと理解ができました。それで昨日の午後4時に”頑張って理解しよう”と電話をすると、”今、担当者がいません。今日は半日で帰りました。”とのことを。留守電にメッセージが残っていてどのような用件か知りたいのですが、と尋ねると”私は電話を取るだけなので、何もわかりません。”との回答が。今回の人はスコットランドの」男性で、訛りが強くなくてほっと一息。

なので、結局何の用事だったかは未だ分からず、今日再度チャレンジします。今度の人もあまり訛りが強くありませんように。

 

不思議な人のおかげで

金曜日の夜。僕の過ごす今日の夜はゆっくりと更けています。仕事で疲れた体を引きずって、暖かなお風呂に入って、心に良い意味で引っかかる映画を見て、今コーヒーを飲みながらこのブログを書いているところです。

真夜中のコーヒー、僕は好きなんですよね。いつも飲むわけではないのですが時に飲みたくなって。少し濃いめに淹れてそこに少しのミルクを足すのが好きです。”夜中に飲んだら眠れなくなるんじゃないの?”ってよく言われるのですが、僕の体はカフェインで眠気が覚めるということがないようなのでそこは安心してください。現に、僕の脳は半睡している感じがします。

今日はちょっと、面白いことがあったのでご報告。

いつも仕事終わりに乗る電車があるんです。ロンドンからこの駅が始発駅なので早めに行っても車内で座って待っていることができるので便利。いつもならば出発の10分前ぐらいに着くので余裕で座れるのですが、今日は仕事終わりが15分遅くて地下鉄の駅から僕の駅まで走ってプラットフォームに行くときには出発の2分前。しかもいつもは8両編成なのに今日は4両編成。この電車の10分前に同じ方面に行く快速は今日に限って20分の遅れ。だから、電車はぎゅうぎゅう詰めになっているではないですか、、、。

日本って満員電車が本当にすしづめって言われるくらいビッシリでしょ。僕の背の低めの友達の体験談では手を何かで握るスペースもなく人と人の間に挟まれて浮いているような状態なんだとか。(僕は日本にいた時は田舎暮らしなので、この恐ろしさを知らないんです。)

イギリスは少し違って、満員電車はあるのですが人が身動き取れないくらいにまでぎゅうぎゅうに入ってくることはないんですよね。もちろん、日本のように駅の係員がお客さんを押し込んでくれることもなく、乗れそうになかったら次の電車を待つというのがイギリス風。

ただ、イギリス風で少し問題な点が。電車の乗降口にはたくさん人がいて入れないほどなのに、通路で立っている人が時につめていなくてあと数人は乗れる場合があるんです。こんな時、イギリスでは扉のところで”もうちょっと中につめて下さい!”って頑張って声をかけたりするんです。

僕が見た時も真ん中の部分がぽっかり空いていてあるおじさんが中に進もうとしないのでデッドスペースに。”これは、乗れる。”そう思って車両の真ん中の窓をトントンと叩いて中の乗客の人の気を引いて手で”もっと進んでください”のジェスチャーをしました。少しは列が動いたものの扉の前までは効果なし。

プラットフォームでは笛が鳴り響きもう直ぐ発車の合図が。

だけどどう見ても人が一人入れるスペースがない、、、、。”これはもう次の電車で我慢しよう。”

そう思った時、不思議なことが起きました。

扉の真ん中に立っていた男性が、”乗りなよ。”と本当に少しだけのスペースを空けたんです。”え、いいの。スペースあんまりないけど、、、。いいかな?”と僕が言うと周りの人も気持ちサイドに避けてくれてどうにかおさまることに成功。

これで次の駅で降りてローカル線に乗り換えれるな。って思って次の駅で降りて走って階段を駆け上がっていると、ドラキュラ伯爵が高らかに笑うような奇声が聞こえてきました。”ハハハハハッ〜!!” ”ハハハハハー!!”みたいなかなりの音量で。しかもあんまり遠ざからないのでその奇声をあげている男性も同じくらいのスピードで走っている感じ。階段を上がって僕は左に、その声は右に行ってその後はまた何もなかったように静かに。

乗り換えの電車に乗って”あっ!!”と思ったことが。多分、あの奇声をあげていた人は僕に”乗りなよ。”って勧めてくれた人なんですよね。

実は数週間前に身なりをジャケットなどできっちり決めて、雰囲気もかっこいい男性が同じ時間の電車に乗っていて、一人でぶつぶつと喋っていたんです。最初は携帯で誰かと話しているのかな?って思ったんですが、話している内容がまるでトンチンカンな内容で。袖は伸縮性があるものでないと。”みたいなことをしきりに言って笑ったり。”こんなにオシャレにしているのに、ちょっとおかしい人かな?”って思っていたら僕が今日降りた駅でその時も降りて行ったんです。

”変な人だな。”って勝手に思っていたけど、それだけで判断しちゃいけませんね。僕は彼の”乗りなよ。”って一言があったからこそあの電車に乗ることができたのですから。

自分の物差しや価値観だけで他人にレッテルを貼ってしまう自分に反省しました。

 

 

世界には色々な日があるんだね

週も半ば。かなりの疲労感ですが、あと2日間頑張っていこうかなって自分に言い聞かせてる感じです。頑張ります。

3月8日って何の日か知ってますか?

フェイスブックなどで気になる書き込みがあって”一体なんだろう?”て思っていたらお店にその答えがありました。

3月8日、女性の日。なんだそうですよ。知ってました?

僕にはあんまり馴染みがなくて、そういえば去年も、その前もそんな感じの書き込みがフェイスブックにあったなって記憶しかなくて。

それで調べたのですが、アメリカのニューヨークで、女性労働者が婦人参政権を求めてデモを起こしたのが1904年3月8日だったのに由来するようです。

ただ、僕の記憶だと今日に前住んでいたアメリカで特別なお祝いがあったこともなく、今住んでいるイギリスでも同じような感じなんです、

ただ、世界のある地域の人たちには、この日は女性に春の花を贈る日なのだそう。その地域というのが旧ソ連の国々(ロシア、リトアニア、ラトビア、ウクライナなど)。僕の仕事場の仲間がリトアニア出身で、この話をしてくれたんです。

これ、知っている人にあげるのはもちろん、時には赤の他人から花を受け取ることもあるらしんですよね。僕の同僚は今までに一度だけ、車を運転して赤信号で待っていたら見ず知らずの男性が花をくれた、のだそう。

その後、リトアニアの今日のニュースの記事を見せてくれて、そこには交通整理のお巡りさんが女性に花を配る写真が。旧ソ連の国ではこの日は大事な日のようですよ。

あと、いつもお店に買い物に来るポーランドの男の子も花を抱えて買い物に来て、”彼女に買ったんだ。”と言って帰っていたのでポーランドでもお祝いされているのかな?あとで、ドイツはどうかユリ君に聞いてみなきゃ。

けど、調べてみるとソ連の場合はもともとがかなり政治色が強い日だったようですよ。

女生労働者が女性の日に大規模なデモをロシアで行ったのが1917年。このでも徐々にその大きさを増して、男性を含み、兵士を巻き込んで2月革命へと繋がって、ロシアの帝政を終わらせたきっかけになったんです。

ただ、このお祝いも徐々にその本来の意味が薄まって、今は女性に花を贈る日となっているのだそうです。

僕のブログを読んでいる女性の皆さんに花を贈ることはできませんが、一昨年のクリスマスにミニからもらったランが、今年もまたたくさんの花を咲かせたので、それをおすそ分けに。

ダメって言われたんだけどね、、、

昨日は醸造所見学に行って、家に帰り着いたのが7時。それからユリ君とスカイプをしたんですけど、、、。

”ちょっと、これやってみたいんだよね。”って言ったら、”やめたがいいよ。”って言われたことがあって、、、、。

けどね、やってしまいました。

昨日のブログを読んでもらえればヒントがあるんですが、髪の毛が伸びすぎて、伸びすぎて、アレンジが難しくなっていたんですよね。いつも髪を切る時にはミニちゃんに切ってもらうのですが、タイミングが合わなくて伸ばし放題に。

この写真は醸造所ツワーの時のもの。ねっ。寝グセなのか、スタイリングされているのかわからない中途半端な感じが否めないでしょ。

ブログを昨日書き終わって、”これはダメだ!!もう待てない。”ってなって自分で鏡を見ながらスキバサミと普通のハサミで髪切りしました。もちろん、自分の髪を切るなんて初めてだったんですけどね。

やってみれば何とかなるもんで、出来上がりました。また今度もやってみようかなー。

 

サヨナラをあと、何回

冬から春の変化は風の中に一番に感じられる。そう思うんです。今日の風には春の暖かさが含まれていて、心躍るようでけどその中にある哀愁が感じられる愛おしさを含んだ風でした。忙しい日々の中で、時間に追われてしまう日々。そんな時にも少しの変化に、季節の移ろうにだけは敏感でいたいなって思います。

さて、ここからは僕の祖父の話。

前のブログで書いたように僕の祖父が2月8日この世から去って行きました。今頃はちょうどあの世とこの世の境目のところでウロウロとしているのか、それとも一直線に天国へとめがけて進んでいるのか。ただ、このように肉体として存在していないのは確かなこと。

僕と祖父はそこまで、お互いのことを知りません。僕の人生の中で会ったのは3回。時間にしてみれば24時間もなかったのかもしれません。

この祖父は僕の父の父親で、僕の祖母とは20代の始めの時、僕の父が4歳ぐらいの時に離婚しました。その後は何度か祖父が父を訪ねてきたこともあったようですが、ほとんど音信不通の状態に。

父が中学生の時に祖母は再婚。祖父も2番目の奥さんをもらってお互いがそれぞれの幸せな日々を送っていました。そんな幸せな生活に影をさしたのは祖父の方。2番目の奥さんが自分よりも年が若いにもかかわらず病気に。しかも余命も少ないような状態。

この奥さんがものすごくできた人で、”自分がいなくなった後の祖父が心配。どうにかして実の息子と仲良くなってはくれないだろうか。”と自分の病気があるにもかかわらず内緒で僕の母親に連絡を取ります。そこから血の繋がっていないこの女性二人がお互いに愛する血の繋がった、だけど疎遠になってしまった父子を繋げようと画策します。

寄せては返す波のように、近づいたと思えば離れ、離れすぎたと思えば近づく微妙な関係の父子。50年と離れた時間の長さは互いにその苦労や悲しみ、言い表せない思いや感情が絡みに絡まって解くのが難しかったのかもしれません。

そんな中、2番目の奥さんはこの世を旅立ちます。

この奥さんのおかげで出来た、父と祖父のパイプ。時に電話をかけてくるようになり、お互いの現状を知り、これからの未来を模索する二人。

2年前には元奥さんである僕の祖母も交えて僕たち家族が広島へ。その時に祖父が僕にくれたのが今使っているニコンのカメラなんです。

僕が写真を始めるきっかけになったのは僕の父の影響なんです。フィルムの一眼カメラが好きで家族で出かけるたびに沢山の写真を撮ってもらいました。その中で、自分も何かを撮りたいという思いが増して、父からフィルムカメラを譲り受けます。この時のカメラも実は祖父からだったんですよね。この時はミノルタでした。

実は祖父がカメラがものすごく大好きで、その血を受け継いだのか父も僕も同じようにその道をたどっていたんです。”祖母が言うには仕事よりもカメラだった。”というほどの熱狂ぶり。話によれば写真家になりたかったようで。けどその当時は写真で生きてける時代でもなく、趣味として我慢していたようです。

そんな夢を孫である僕が叶えたということは、祖父の中では嬉しかったのだと思います。ニコンの一番良いカメラを僕にくれたのですから。”これならばプロとしても、恥ずかしくないから。”と言葉を添えてくれました。

それからイギリスに帰った僕は時には写真を両親に送ってはそれを祖父が見て楽しむという関係はありましたが、その時が僕にとっての祖父との最後となったのです。

この続きは、また次回に。(整理立てて言葉にすることって、自分の感情と向き合ったり、相手や周りの人の思いが鮮明になりすぎて、時にものすごい感情の波に飲まれてしまって、一度では書けそうもないので、ちょっと休憩させてくださいね。)

 

早くも、2017年オススメの人が。

寒さが厳しいってよく言っているのですが、日本の方がかなり厳しそうですよね。ロンドンは寒いと言いながらも基本的に多くの家が2重窓で、セントラルヒーティングが完備されているので、意外とそこまで寒くないんですよね。

僕が子供の頃はテスト勉強をするためにファンヒーターを1階から2階までわざわざ運んで部屋を温めてました。だけどあまりに寒い日は朝起きる時に吐く息が白いことも。だからか、寒さへの抗体は強いんではないかと思ってます。少し寒いくらいが頭が冴えるので、あまり室温を上げないようにしてるんです。けどこれ、裏を返せばただの貧乏性ですよね。

 

最近、お笑い芸人さんで、ゆりやんレトリィバァって人が活躍しているみたいですね。まずは僕のユリ君と似たような名前だから見たのもあるんですが、本当におもしろくて、通訳師モカは最高ですよ。”あー、いるいるこんな人。”、”アメリカの風、吹かしまくりだよねー。”ってよく納得もでき、しかもその大袈裟具合が最高におもしろくて。後、彼女独特の”間”が、僕の中ではかなり大ヒットで。

このモカごっこを職場でやるんですね、最近。というか、僕が一人でしてるんですけど。みんな海外に住んでいる日本人なので、この面白さがすぐに感染するらしくて、時にモカ風で仕事をしてます。将来的には、働いている人みんながモカ風でしゃべると面白いんというのが、僕の今年の野望です。

科学博物館 in London

昼ごはんを食べて、ロンドン中心街まで出かけてきました。

前のブログ記事でも書いたように最初の目的地はScience Museum。自然史博物館の隣にあるこの施設。前を何度か通ったことはあったのですが中に足を踏み入れるのは初めて。

イギリスの美術館や博物館、国が管理しているのものは入場無料が多いんですよね。特別展示だけ見たければ別料金を払うシステムなので、ものすごく良心的。ミイラのいる大英博物館も、ターナーの絵画があるテートブリテンもこの中に入るので無料なんですよ。

ただここの博物館入り口を入るとチケットオフィスのようなカウンターが。そしてその脇を通ってしか入れないようになっていました。カウンターの前には”寄付金は5ポンドほどを。”との表示が。カウンターの横を入ろうとすると、”寄付金しますか?”と言われ、”後で考えます。”って通過しました。これはなかなかのやり手ですよね。たぶんたくさんの観光客の人がここで寄付金を払っているんだろうなっていうのが想像つきます。

 

展示物はいろいろなセクションがあり、入ってすぐは蒸気機関の展示が。イギリスが誇る産業革命の大きな鍵を握る蒸気機関。かなりの大きな展示物が多くて圧巻されますよ。

その他にも自動車や飛行機などの輸送部門だったり、スペースシャトルなどの宇宙部門などが。

 

他にもニューエネルギーをみんなに知ってもらうためにゲームを取り入れて教えてくれるセクションもあり。ダンスダンスレボリューションもどきのだとか、エネルギー大臣に任命されて架空の国の電力をちゃんと供給するゲームだとかがありました。いろいろなものにチャレンジしたのですが、タッチスクリーンが壊れていたり、センサーが作動しなかったりとこのゲームコーナーは満足度は低めでした。

体を動かして雨や雷を作るゲーム。”手を叩いて雷を木に落としてー。”っていうので手を叩くけど落ちず。ものすごく思いっきり叩いてやっと落ちました。

 

展示されている建物が広く、一つ一つのディスプレーも余裕を持って配置されていて人混みをそこまで気にせずにスイスイと見て回れました。これは多分、午後2時に着いたのが良かったみたい。ちょうど入る頃に小学生の集団が続々と帰って行っていましたから。

あと科学などに興味がなくてもデザイン的にも素敵な博物館なのでオススメします。