踊るなら、教室で

僕は早めの週末に入っています。ドイツ語クラスは毎日4時間ですが、月曜から木曜までなんですよね。なので、金曜日は家で掃除、洗濯、片づけをしてゆっくりとした時間を過ごしているところです。

せっかく天気もいいので7時半前に家を出て10km走りに行ってきました。ただ、暑かったー!!朝だから心地よいだろうと思っていたのですが、夏の日差しはやっぱり強い。どうにか頑張って家までついて自宅のバスルームで裸のまま寝転ぶことに。この前の時にその後すぐにシャワーを浴びたのですがその後の汗がすごかったので、今回はいったん汗を出し切ってその後にシャワーを。少し温度の低めのシャワーが気持ちの良いこと。

そういえば暑さのためか、海辺を歩く人もそこまで多くなかったように思います。

ドイツ語コース、夏休み明けの最初の1週間が終わりました。ということはクラスが終わるまであと3週間。

学校が終れば5時45分に起きる必要はないし、定期代もかからないし、利点もあるのでうすが。。。この数か月間一緒に勉強をしてきたクラスメートと会えなくなるのは寂しい感じです。

最近特にいろいろな人と話をするので、その一人一人の人となりをわかってきているので、なおさら。

僕たちのクラス4時間の授業で2回15分の休憩あるんですね。僕は大体は教室にいるのですが、シリアから来た一人がアラビア語の歌を歌っているんですよね。アラビアの歌って独特のテンポと歌い方でしょ?そして彼がまたうまく歌うんです、紙煙草を巻きながら。

”歌上手だよね。”って言うと、”いやいや。”言いながらも続きを歌う彼。

そして2回目の休み時間にドイツ国旗柄のセンスを笛に見立てて、踊りを踊るんです。それがまたいい動きなんですよね。僕も手拍子をしながら見てたら、ほかのシリアのクラスメート2人が一緒に踊りだして。手や肩をつないで列になって踊るんです、この踊り。それで、僕も呼ばれて一緒に踊ることに。

結構な気温の教室の中で踊る僕たち4人。その後ほかのシリアの人も来て6人ぐらいで踊ることに。言葉を通してのコミュニケーションは僕たちには限りはあるのですが、こうやって踊ったり、お互いの国の食べ物や文字の書き方などを学んで、違ったつながりを持てる幸せ感。

汗だくになったので、歌と踊りの上手な子がポロシャツを捲し上げて、ばたばたと仰いでいたんですね、すると左の脇腹に手術の後のような傷が。手術の後にしてはなんか違うなと思って、”その傷度押したの?”って聞くと、数年前にデモ行進をしたときに警察にやられたんだよ。って笑顔でこたえた彼。

同じ教室で同じようにドイツ語を学んでいる僕たち。それでも今まで生きてきた背景とは人ぞれぞれこんなにも違うんだなと感じました。それでも、今こうして同じ場所で一緒に踊れることは幸せだとも思います。

 

夏の思い出

今日も太陽光が眩しいドイツ北西部の町。どうやら、今度はギリシャでも火事が発生して死者を多く出しているようですね。熱波が原因といわれていますが、暑い日差しが火事に?って思って調べてみると、どうやら乾燥している土地で落雷や、驚いたのですがユーカリや松などの油性の強い木から自然発火するそうで、、、、。そうなるとどこもかしこも火事のリスクがあることに。

今日の僕の町も最高気温が30度ということで、酷暑となりそうです。

夏の思い出。なぜか思い出すのは小学校の時のことが多きがするのは僕だけでしょうか?小学校は確かに6年間と長いし、僕の子供のころは外で遊ぶのが基本だったのでその暑さや、また夕立のすがすがしさを鮮明に記憶にとどめているのかもしれませんね。

例えばプールの水の温度。僕の阿蘇の町はその当時古いプールで、だけど水は山の水を引いていたと思うのですが物凄く冷たい。なので、水を変える日は先生がその前日から水を入れて一晩おいてから使うのが普通だったようで。ただ、時にこれを忘れていることがあり。そんな時に限って自分たちの水泳の授業が午前中だとどんなに強い太陽もかなわないほどの冷たさで、悲鳴を上げながらプールに入るというものでした。寒いからひたすら冷たい水の中で動いて温かくなる。

それとは逆に一晩前に入れて午後の5時間目とかのプールの水は生ぬるくて、その温度が気持ちよかったのも覚えています。上から降り注いでくる太陽光も温かいし。あの頃はみんな真っ黒に日焼けをしていたな。

今となっては面白いことなのですが、ゴーグルは禁止でした。これは小学校1年までで、2年生の時に阿蘇山が小噴火を起こして火山灰が降ることがあってそれからゴーグル着用可になったのですが、変な白い錠剤をプールの消毒で入れていた水の中でゴーグルなしって本当は体に良くないですよね?

町営のプールもあったなー。けどここは本当におんぼろで。僕が小学校低学年でなくなってしまいました。ここは中学校跡地でグラウンドが広く残っていたんですよね。学校のプールには浮き具は持って行ってはいけないけれど、町営プールは良かったので僕は赤いビニールのイカダのようなのをもっていってました。ベティーブルーが描かれていたやつで。子供二人が余裕で眠れる感じの大きさ。

泳ぎつかれてそのグラウドにそのイカダをおいて僕と、一歳年上の女の事二人で横になって真っ青な空の下で将来何になりたいか、どんな家に住みたいかなってことを話していたように思います。あと時6歳で、友達が7歳くらいかな。そんな彼女は東京で女優さんとして頑張っているようです。

夏は僕の冷蔵庫を開ける回数が多くなることも。カルピスとか、リンゴ酢。あと、ゼリーやババロア。これは本当にいつも冷蔵庫にあって。母がよく作って冷やしてくれていたんですよね。あの冷たさと、ゼリーの透明感。だから今もときに無性に食べたくなってしまうんですよね。

あと僕は夏休みは遅くまで寝てる子でした。ラジオ体操に行って、そのまままた眠る。そして午前中10時くらいに起きるという、ダラダラ君でしたね。早起きをするとこんなにも空気が素敵なのか、こんなにも静かなのかって気が付いたのは大きくなってから。これは早起き好きはミニやユリ君に感謝をしないと。

夕立も大好きでした。雷なりの音と、美しく空に走る閃光。そしてあの雨の匂い!!深呼吸をすると泣きそうになるようなあの香り。そして夕立が鎮める空気の温度。夕立の後の最初の風の少しだけ温度が下がった風の気持ちよさ。

6歳の時の僕はまだ、あの夏の中にいるようです。

なりました、37歳。

皆さんお元気ですか?僕は元気に過ごしています。昨日、無事に37歳を迎えることができました。自分でいうのも何ですが、本当に素敵な1日となりました。

誕生日を迎える喜びが段々と30代を迎えると薄れていっているなって感じていたんですよね。もちろん、ロンドンで仕事をしていた時も一緒に働いている人がケーキをくれたりプレゼントをくれたりと、ありがたいことを感じる事はあったのです、もちろん。ただ、子供のころのようなワクワク感って大人になるにつれて薄くなっていっているなって感じていたんです。

それが今年は、違ったんですよね。なぜだか。

ドイツで迎える初めての誕生日だったからかもしれませんね。

今年の僕の誕生日は水曜日だったので学校に行く時間の5時45分に起床。いつもはこの時間にユリ君も起きるのですが、この日は15分前に起きたユリ君。台所で物音がして覗いて見ると週末に僕たちがよく食べるブロッヒェンをオーブンで温めて、目玉焼きを作っていました。かわいらしい。

食卓に座ると誕生日のカードが。少し癖のあるユリ君の文字。そして食卓の真ん中には何かが。それは、、、。

 

八重咲のピンクのバラの鉢植え。80cnくらいの高さがあるもの。赤いバラの花ことばが”愛”なので、ユリ君がよくヴァレンタインに贈ってくれるんですよね。だからバラとなれば赤を贈ってくるなら赤だろうなって思ったらピンク。”ピンクって意外だねー。”というと”これはも赤のうち!!”との返答が。同性愛者のマークである三角形もピンクだから、僕たちにはぴったりだなって。この週末にでも少し大きめの鉢を買って外に植えることに。

電車の中もなんか雰囲気が違う気が。まずは空の色が。灰色の雲がうっすらと広がっていて、だけど青空も所々に見え、朝の太陽のオレンジいろが混ざった不思議な色合い。しかもハッキリした色でなくて、水に溶かしたぼんやりとした色合い。それをほとんど誰もいない車内の中で見れる幸せ。

携帯のフェイスブックには誕生日おめでとうのメッセージが。いつもだったら、”皆、誕生日のメッセージありがとう!!”って1つのメッセージで終わることがあるのですが、今年は1人1人に個人的なメッセージを送ろうと決めて返信を。そうすると本当にいろいろな国で様々な出来事で出会った人がメッセージをくれてるなって。素直に思っている気持ちを、自分のことを思ってくれる人に1年に1回伝えるのもいいなって思います。

学校でもサプライズが。僕は自分の誕生日のことは話していなかったのですが、隣のGちゃんが結構前に言った僕の誕生日を覚えていたようで、2回目の休憩の後に先生に、”今日はTakの誕生ブナの。”と言うと先生が、”じゃ、お誕生日の歌を歌いましょう。”で大合唱が。まずは英語で、その後ドイツ語、そしてその後は先生の案で自分の国の言葉でとなり、アラビア語、ポルトガル語、エジプトのお誕生日の歌、ロシア語バージョンのお誕生日おめでとうソングが続きました。

本当に本当に、素晴らしい僕の先生とクラスメート。

家に帰ってその感謝の気持ちをとブルーベリーマフィンをもって今日みんなに配ってきました。

母からも、夜遅いはずの日本から電話が。

誕生日って、やっぱり悪くないですね。自分のお祝いというか、年を重ねて今は自分を支えてくれる、素直に僕の誕生日を喜んでくれる人々が周りにいることに感謝をする日だなって深く思いました。また新しい1年が素晴らしいものになりそうです。

心臓発作も怖いけど

皆さん、月曜日ですね。週末はゆっくりと休むことができましたか?ストレスがまだ溜まっているということはありませんか?自分に優しくしてあげてくださいね。だって、自分以外のことをわかってくれる、理解してくれる人はほかにいないのですから。自分自身が、自分自身を否定してしまっては、生きていくのが楽しくないですもんね。

さて、今日のブログのタイトル。ちょっと意味深でしょ。実はね、今日、僕のドイツ語クラスでちょっとした事件があったんです。

僕のドイツ語クラスは朝8時から昼の12時15分まで、中に休憩が2回あって行われるんですね。生徒の数は15-18人ぐらいで、ほとんどの人がアラビア語圏の人々。その中でも今、内乱のシリアから人がその多くを占めます。そしてその人たちはドイツに来て2年半ぐらい。僕もクラスメートの彼らからシリアのことやイスラム教宇あ中東の文化をいろいろと教えてもらってます。

生徒の年齢もバラバラ。下は22歳で上は60歳。家族と一緒にドイツにいる人もいれば、親兄弟、時には奥さん子供はまだ母国という人もいるんですね。

今日もいつものように授業が始まりました。9時半に1回目の休憩。それからリスニングの問題をして、今度は会話の練習に。会話の練習はいつも同じ人にならないように2つで1つの絵になるパズルを箱の中から1つ引いて、絵柄が合う人とペアを組むんですね。

先生が持って回る箱から1枚ひいて、僕のカードは数字の10。誰が今日のペアかなと思ってみていると、突然、クラスメートが先生を呼びます。彼はシリア出身でドイツ語が上手なんですよね、クラスのリーダー的な感じでもあるんです。”先生、Zがちょっと調子が悪いみたいなんです。”確かにM君が苦しそうな感じ。

Z君は僕と同い年ぐらいか、もう少し上ぐらいなのかな?だから30代後半から40代半ばでしょうか。小柄で、勉強も一生懸命にするタイプ。何回か会話のパートナーになったことがあって、昔はサッカーをしていたとか、子供と奥さんでドイツにいるっていうことを聞いていたんですよね。

確かに今はイスラム教人たちはラマダンの間なので日中は、水と食事をとらない。なので時に気分がすぐれないことがあるんです。窓側にいたのでちょっと立ち眩みでもするのかなと隣のカジキスタンの女性と話していると、、、。Z君が立ち上がって教室の外へ出ようとします。ただここで気になったのがZ君は胸、しかも心臓のところにあったんです。これはどうやらただの気分悪いではなさそうだと皆が思いました。そしてZ君の仲良しのクラスメートが後を追います。先生も後を追い、どうやら息が苦しくてできなさそう。苦しそうな息遣いが廊下から聞こえてきます。ここですぐに先生は救急車を呼びます。たぶん、内心は焦っているのでしょうが、落ち着いてどこで、何が起きているかを伝える先生。Z君はどうやら立っているのも苦しいようでクラスメートが椅子を運んでベッドにして寝かせるも、Z君の状態はよくはならず、悪化していきます。苦しそうなうめき声。そこで何もできない僕たち。

すると先生が僕に、”Rさんのところに行って知らせてきて。”Rさんはこの学校のコースの管理をしている人で、同じ建物の2階オフィスがあるんですよね。階段を駆け下りる僕、けどやっぱりどこかであわてているんですよね。Rさんの事務所だと思ったら、1階間違ってて再び走って2階迄おり、事務所のドアをノック。ただ返答がない。ドアノブをまわすと動いたので、そのまま開けると誰かと話し合いの真っ最中。けど、しょうがないので、”すいません”と断って入って、”M君が、心臓発作ぽいんです。”っていうと、”救急車を呼べばいいの?”というのと同時に受話器を持っているRさん。”救急車は先生が電話をしました。”ここで僕は何を言えばいいのかわからなくなって、けどその緊急性に気が付いてくれたようで、”分かったわ。”と一緒に駆けつけてくれました。

その後、Z君は救急隊の処置を廊下で受けることに。僕たちは教室に帰って、座っていたんですが僕は廊下にすぐのところに座っていたのでZ君の苦しみに悶える声がずっと聞こえていたんですね。

z君はその後救急車で運ばれ、通訳係をしたリーダー的存在の人も教室に戻ってきて、Z君がどうゆう状況かを話してくれたんですが。

幸運にも心臓発作などではないとのこと。

では何か、、、?その理由がある意味。心臓発作よりも怖いなって思ったんです。

どうやら息が苦しくなっているときにZ君が言っていたのが娘さんのは名前だったらしいのです。僕が覚えている限りでは幼稚園に通う年ごろ。それで、何の理由があってかはわからないのですが、Z君はいま奥さんと、そして愛娘と離れて住んでいるようなんです。そのことがストレスになっていた模様で。

多分そのようなことや、慣れないドイツ生活もあっていっぱいいっぱいになっていたんでしょうね。いつも学校に遅れることもなく、礼儀も正しく、Z君。彼は日々少しづつ追い込まれていたんでしょうね、精神的に。

つまりあの苦しみの声は、肉体的な痛みではなく、精神の喚きだったってことですよね。今でもその声が僕は思い出せるのですが、拷問を受けている人が発するような声なんですね。

精神の傷や痛みって人間の表面上に現れるものではないでしょ?どちらかというと少しずつ少しずつ心のうちに隠してしまうもの。子供のころは泣いたり叫んだりしてそれを外に出していたけれど、大人になるとそれさえもしなくなってします。そして、ますます中に押し込めてしまう。これって怖いなって。だっていつかは抱えきれなくなって、爆発してしまうから。今日のZ君のように。

授業が、Z君の連絡先も知らないし、明日来るかもわからないので、心配だなって思いながら駅へと向かって帰っていると、遠くから自転車が来ているのが見えます。よく見るとZ君。救急車で運ばれて2時間ぐらいしかたっていないのに、自転車?通り過ぎざまに、”大丈夫なの?”って聞くと左手の点滴あとか何かとマークを見せながら、”大丈夫”っていって走りすぎていきました。その自転車のスピードの軽やかさ、そしてZ君の顔には笑顔が。

やっぱり吐き出すことって大事ですね。だから、皆さんも思いっきり泣いて、泣いて、泣いて、明日を迎えましょう。ちょっとだけ、気持ちが軽くなるはずです。

無駄だと思える時間が実は、、、

日本は夏日のようですね。僕の街は最高気温が10度で、風が強くて肌寒い1日に。なので、暖かなジャケットを着て登校しました。本当に秋のような気配で、”ここは季節が真逆の南半球ではないのかな?”って思うほど。

今日も朝の5時半に起床。ユリ君は出張中なので1人での朝ごはん。ただ、この季節は日の出の時間も早いので朝の5時半でも外は明るいのは助かります。6時15分に駅に向けて歩き始めるのですが、ここ最近よく見る猫がいるんですよね。

黒猫で、だけど後ろの2本脚だけ靴下をはいたように白色の猫。道端にいてその横を通り過ぎようとしたら寄ってきたので、ちょっと撫でてまた駅へと向かう足取りを早めてすすんだ数日前がその猫との最初の出会い。そして昨日もその猫を発見。早朝の住宅街に道は車もいないので僕はその真ん中を歩いているのですが、遥か30m先にその猫が左から右に道を渡っているのが見えたんですよね。”今日はちょっとすれ違いだな。”って思ってみてたら、道の真ん中でその歩みを止めて僕のほうを見る猫。

するとそのまま、道路の真ん中に座り込んでしまいました。

僕と猫の距離は僕が歩みを進めるたびに縮まっていきます。そう、この猫は僕が車でずっと道に真ん中で待ってくれていたんですね。それで道の真ん中というのも何なので左側に僕がよけるとちゃんと歩道のところについてきて撫でられにくるんです。かわいらしいなと思い少しだけ一緒に遊ぶことに。ただその後に電動自転車が来て、すぐに逃げて行ってしまいましたが、、、。早朝はいろいろなことがあって通学が楽しいものです。車が少ないので空気もおいしいし、この時間に起きて外で出会う人って犬の散歩だったり、庭仕事をしたりする人たちでゆっくりと余裕をもって動いている感じ。呼吸を深くしているような人たちが見れることも何となく幸せにしてくれるように思います。

新しい街に引っ越してから”余分な時間”っというのが増えたんですよね。

これは電車通学というのが大きな理由なんですが。僕の田舎町の鉄道は1時間に1本しか走っていないんですよね。ということは何かの拍子に乗り遅れると1時間待ち。この前は授業が終わって駅に着くと僕の乗るはずの電車がキャンセルに。何もすることがないのでフォームのベンチで宿題をして過ごしました。けどね、その日は20度ぐらいあって太陽も眩しくて、”これも日光浴だな。”っておもったら待つのも悪くないかなって。

余分な時間はまず、学校につくときにはじまるんですよね。僕の電車は7時15分に着くので授業の始業時間まで45分持て余すんです。学校の建物は開いているけど、教室は施錠しているから8時10分前位しか入れない。さてどうしようと考えて校内を探検することにしたんです。すると見つけてしまったんです。秘密の隠れ場所。僕の学校は結構大きな建物で6階建て。階段も左右と中央に3か所あり。中央階段がメインで左右の階段はどちらかというと非常階段という感じでしょうか、ただ幅はかなり広め。そのひとつを登りきるとなぜかものすごく小さい空間があるんです。登りって見えるのは床から天井までの一面の窓ガラスに広がる街の景色、そしてその間には机が1つと椅子が4つ。窓は東側に位置しているのでその時間には太陽がさんさんと降り注いでくるんですよね。誰も来ないようで、いつも僕はそこで朝の30分朝日を浴びてその日の予習をして授業に向かうんです。これがね、なんとなく楽しいんですよね。自分だけの秘密基地みたいで。

帰りの電車をホームで待つのは20分ほど。この季節は太陽が出ていることも多いし、風がそよぐのも気持ちがいいのでベンチに座って宿題をする時間に。そして電車に乗り込むのですが、ここを走っている電車はほとんど2階建て。いつもの視線より少し高いところから景色を見れるというのは楽しいですよね。しかもドイツ北西部はどこまでもひたすらにまっ平。真平の緑のじゅうたんが広がっている感じ。その中に馬や牛が草を食んでいたり、野ウサギが駆けていたりと面白い光景が見れます。いつも通っていると色々な発見もあるんですよ。たとえばね、朝の牛は駆け回るくらいに元気がいいけど昼過ぎには寝ているか立ち止まっているほうが圧倒的に多いとかね。あとは庭と家の観察。”あの家は素敵なのに、庭の管理がよくないな。僕だったら、あそこに木を植えて、ここには野菜の畑を小さく作って、その周りに花を植えるなとか。”1人での空想時間。

また家からの徒歩ではほかの家を観察したり、庭の木や花の成長具合を観察したり。”あー。この花は咲いてるときは綺麗だけど、枯れる時が悲しいな。”とか、”自分の庭に植えるならこの木かな。”とか。あとはどの家に住みたいかをいろいろな角度で考えて甲乙をつけてます。すると25分の徒歩が苦痛じゃないんですよね。

ロンドンの生活ではそんな穏やかな時間を持ってなかったなって今になって思います。地点Aから地点Bまで一心不乱に早足で進んでその道程を十分に楽しんでいなかったなって。

一見無駄と思える待ち時間とか、移動時間にこそ目を凝らすと意外な発見や面白いことが隠れていたりするので是非、探してみてくださいね。

 

春が来た、現在完了形こそがぴったり

春がドイツにも来たようです。今回は本当に。土曜日に晴れ間が午前中に覗いていたのでユリ君の走りに行くことに。一歩外に出ると、今までとは違った空気が漂っていました。谷化の本で読んだことがあるフレーズ、”空気が甘い。”っていう物があって、本当のその表現がぴったり。

空気が甘くて、太陽の光は穏やか、というか全体を包み込んでいる暖かさに変わったんですよね。太陽の光のビーム的な暖かさではなくて、流れている感じ。これに気がつけて、ビックリ。Spring has comeって表現が英語ではあるんですが、本当にその通りの表現がぴったり。

has come の現在完了形と言う事は、ある物事がいつの間にか、ある点ではなくて流れの中で変わったと言う事を表しますよね。現在の地点から見て過去のどこと特定することなく、何かが変わった、起きた時に使えるものですね。どうなのかな、日本語にはこのニュアンスが無駄に言葉を足さずに表せるのかな、、、。誰か知っていたら教えてください。

この現座完了形が本当にぴったりだったんですよね。朝起きて、外に出たら春になっていた。まるで物語の始まりみたいでしょ?しかもその春は僕が気が付かないときにスッきて、目覚めてともにそこにいたという訳ですから。走りながらそんなことを考えてました。

走る時って僕は音楽を聴かずに走るので結構考えることが多いんですよね。本当に雑念の塊なので、色々な事を考えるのですが。その中には歌を歌うって言うことも含まれます。ハミングしたりとか、人がいないときには少し大きな声でも歌います。またその選曲がびっくりだったり.”よし、この歌を歌おう!”って思って歌い始めると言うよりかは気が付いたら歌ってた感じで、時にはその曲が何の歌かもわからなかったり。そして途中である程度歌って、”あー。90年代後半にいたあのグループの曲か!”ってなることが。ジャンルも幅広くて、線路は続くよなどの童謡から山口百恵さんの秋桜だったり、僕の青春時代のTKメドレーだったり。そんな歌も歌ったりするんですが、けどやっぱり考え事をしながら走ることの方が多いかも。しかも考えるのは大体において中盤当たり。後半は最後のスピードダッシュを1.5km程するので、考えるどころじゃないからなんですけど。

けど。本当に色々な事を考えられていい時間ですよ。悩み事とかも、”なんで悩んでいるのかな?”って考えて走っていたりして、車に潰されたトカゲとか見たら、”あー。このトカゲが車に轢かれるときの思いに比べれば、僕の悩みって小さいな。”とか、色々なものを見ることによって意外な解決策が出てくるもので。

どうです、春ですし。日本は桜もきれいな季節、走り始めてみませんか?その時には音楽を聴かないことをお勧めします。そして、走り始めてみて何が自分の頭の中に去来するのか、結構面白いゲームになると思いますよ。ちなみに、走っているとかなり体温が上がるので、ジャージの長袖ジャージはお勧めできません。けど、ユリ君はこの格好をやめないんですけどね

 

まさかそんなに落ちてくるとは

寒さも緩んできたら、それとともに天気は下り坂。ちょっと、雲もが多いグレーの天気がドイツ北西部を覆っています。朝は台所で書き物をするのですが、そこからの景色が今日は少しだけ濡れた感じでその雰囲気がわびしいけれども、その落ち着いた感じが心地よくもあって。なんだろう、ヨーロッパの穏やかさをよく表した風景なんですよね。言葉で言うと情景がうまく伝わらないだろうけど。

そんな朝を過ごしたのですが、いろいろと今日はすることが多くて。母とのスカイプを終わり、今やっとブログを書いているのですが、アパートの水回りの掃除、モップ掛け、アイロンがけ、洗濯ものをたたむのと、ドイツ語学習、英語の勉強をするので時間をきっちり決めてやっていこうかなって。けどね、今夜は夕飯の準備がそこまでかからないのでいいかなって。

実は昨日、チャーハンを残ったミンチ肉でしようと思ったんですよね。けどそれとサラダだけって物足りないなって思って、野菜だけのシチューを作ろうと試みた僕。シチューの元のような素敵なものはここドイツにはないのでレシピを見て小麦粉を火の通った野菜にまぶしたりしながら作っていたわけです。塩コショウで味を調えてパウダー状の調味料で味をもう少し加えようと入れようとすると何も出てこない。あれ?っと思ってみたら固まっているんですよね。確かにこれはよくあること。いつもトントントンと叩くと少しだけその塊が砕けてパラパラぐらいで出てくるので、今回もそのやり方をしてみたら、出てこない。ちょっと強めにバンバンと叩いたら、、、、これが間違い。瓶の中の3分の1の調味料があと少ししか味付けの要らないシチューに綺麗にダイブ!!慌ててすくってみようとしましたがどんどん溶けていく調味料。恐ろしくも味見をすると、辛い。塩辛い。牛乳だと思い入れて混ぜ混ぜ、辛い。水もだと思い投入、まだ辛い。そうしていくうちに増えていくシチューの量。明らかに10人分以上もある量が目の前に、、、。だけど、まだもう少しだけ味が濃すぎる。

”シチュー取りやめ!”って方向転換。頭の古回転でこれを上手く使ってできる料理はと考え、すぐにマカロニを茹でてザルにあげ水気を軽く切ってオーブン皿に。そこに先ほどのシチューっぽいものを流しいれてオーブンで焼くこと20分。今夜の夕食完成。味は意外とおいしくて、終わりよければすべてよしかなと。

なので、昨日のチャーハン様に炊いたお米もあり、また昨日だけでは使いきれなかったシチューもどきもまだあるのでそれで夕飯にしようかなと。

けど、こんなことってありません?料理に限らず人生でも。こんなつもりじゃなかったのに、意外な事が起きて、うわーこれはダメだ。って思っていたことが後から考えれば、”あー、あれがあったからこそ、今のこの成功があるんだよな。”とか。

例えば、僕の場合はミニちゃんとの出会い。

ミニちゃんとは日本であったんですよね。アメリカから帰ってきて、またアメリカの大学に復学したいという思いを胸に留学資金を稼いでいたんです。その仕事として何をしようかと思った時に英会話の先生の試験があって。某大手の英会話学校だったんですが、書類審査、面接を通って、2次の面接が自分が先生として授業をするみたいなもので、それまでにも教えていたことがあったので問題なくやって、それなりの手ごたえもあったんですね。そして通知の手紙が。不採用だったんですよね。納得がいかずに電話をしたら、”判断基準は教えられない。何の理由があって落としたのかも言えない。”の一点張り。どうでしょ、不採用の通知にわざわざ電話を入れたりするそのアメリカ人的な感覚が嫌われたのかな、、、。まさしく、想像と違った未来が待っていて、その後大手の洋服店で働き始めたんです。それで1年間くらい働いていて、どうも合わないなって思って地元に帰ろうってした時にミニとあったんですよね。英語の先生だったか多分その環境が楽しくて地元に帰ろうとは思わなかっただろうし、英会話の学校で違う人と知り合っていたかもしれない。だから、あの時うからなかったのはこのためか。って思ってるんです。だってミニと出会わなければ僕がイギリスに住むことは絶対になかったわけですから。

ミニから別れを告げられた時も、最初はびっくりでした。ケンカらしいケンカもしたことないし、まさに青天の霹靂。その数か月前にはある映画を見て、”あー。やっぱりミニが大好きなんだな。本当に身にを愛してるんだな、僕。”って再確認していたのでなおさら。その時はフリーになりたてで仕事らしい仕事もなく、”これでは生きていけない!”と日本食のレストランで働き始めたんですよね。そして、そこで僕は将来的に長期にわたり僕を使ってくれる写真のクライアントに出会うことになるんです。

だから、一見悪そうなことでも見方を変えたり、ちょっと時間をおいてみると、”そんなに悪いことではなかったな。”って思えるものだなって。だから、もし今あなたが苦しい中にいても、どこかにそれから始まる幸せの糸口あると思うので、探してみてはどうでしょう?

 

 

僕らの未来

寒さも和らいできて、氷点を下がることなく2度。暖かい。はずんんだけど何となくマイナス9度の時の邦画家の中が温かかったように思うのは僕だけ?外の凍った運河の様子も今日のほうが冷たさが伝わってくるのは僕だけ?そんなことをインスタグラムであげて、その後は走りに行ってきました。そして納得。うんうん。やっぱりあったかい。風も吹いてけど軽く汗をかく位の温度があるもんね、今日は。予報だと週末は最高気温がなんと10度までも上がるとの事。楽しみです。

さて、昨日のゲイカップルの養子縁組のブログを書いていろいろと考えるところが多くて。今のゲイ事情っていうのでしょうか。

僕は長らく日本に住んでいないので、日本の事はそこまでわからないのですが、ヨーロッパはゲイであっることはもう当たり前感があって、”僕ゲイです。”っていうカミングアウトでなくて、”僕の彼氏がね。”みたいな日常の会話で、”あ、彼はゲイなんだね。”ってわかるのが一般的。確かに異性愛の人が、”僕は女性が好きなんです!!”って公言されてもしょうがないですしね。カミングアウトがこのような形でなくなっていくと言う事はいい事だなって思います。

後は圧倒的に同性愛の芸能人が増えたことですよね。スポーツ選手も含めて。そしてその人たちが家庭を築いているというのもいいなって。90年ごろって、ゲイは独り身で寂しく死んでいく、それならば死ぬ前に遊び倒せ!パーティー三昧!!みたいな感じがあったけどそれも変わってきたという事ですね。ドラマや映画でもゲイのキャラクターが多くいるし、本当に日常化しているこの21世紀。

そんな時代を10代で過ごすゲイの子って何を感じて生きていくんだろうなって、ふと考えてしまいました。だって、ヨーロッパだと同性婚も出来ると国が多い、と言う事は”将来的には素敵なパートナーと一緒に住んで、養子を2人ぐらいもって幸せな家庭を築いていきたいな。”って夢を持つ子もいるわけだろうし。実に興味深い。

僕が10代の時は日本の田舎で育ったこともあり、ゲイの人に会うなんて皆無で。ゲイのものと言えば海外の映画や小説で、そこに自分を重ねてみたところが大きかったように思います。あの頃の話はどれもハッピーエンドではなかったんですけどね。病死とか、自殺とかのエンディングが多かったな。それもあって、僕が高校を卒業した後にアメリカに行ったんですよね。自分の仲間がいる土地に住もうって意気込んで。結果それは成功を奏して、今い至るわけなのですが。

だけど10代と言い、アメリカにいる時と言い、自分が結婚をするんなんて思ってもいなかったんですよね。結婚=異性愛者の方程式しかなかったから。だから、自分の将来に好きな人の生活は想像してたけど、いつかは1人なんだろうなって思いもあったのは事実。

それが数年後にイギリスにわたって僕はミニとシビルパートナーシップ(同性婚とほぼ同等のもの)を結ぶわけなのですが。これも、なんとなく突如をして決まった感じが。ワーキングホリデーのビザが切れてじゃ、イギリスに残ってミニと一緒にいるには学生に戻るしかないのかと考えていた時に、ミニが”これからもずーっと好きなんだし。シビルパートナーシップを申請しようよ。”と言われて、そっかそう手もあったのか。と気が付いたくらいに僕の中に誰かと法の下で一緒になるという考えすらなかったんですよね。

日本はまだ社会に出て自分のセクシャリティーを公にするのは難しいし、同性のパートナーの権利なども認められていないところが多いのが現実ですよね。けどもしかしたらあと10年後には今のヨーロッパの現状が日本にも訪れているかもしれませんね。

時代って変わっていくものですね。その時代の転換期に自分がいて、それを体験できるって本当に幸せだなって思います。

 

走った後にシャワーを浴びて

穏やかな花曇りの朝を迎えたドイツ北西部。晴れてる時に行くしかないと思って走りに行ってきました。朝9時半の外気温は寒く、帽子をかぶりながら半分凍った未舗装の道を運河に沿って走ります。仕事が始まって少し過ぎた時間この時間に外で歩いたり走っている人たちは心の余裕が多いのか、笑顔で挨拶をしてくれる人が多いんですよね。見た目が明らかなアジア人の異分子の僕に挨拶をしてくれるのなんてありがたい。これで僕の1日の気分も上がるので、自分はなんて単純なんだろうって思ったり。

帰ってきて熱いシャワーを浴びたところでふっと一息。この安堵感が走る醍醐味でもあるように思うのは僕だけではないはず。

水滴を落としながらタオルで体を乾かしていきます。僕の拭き方はどうも大雑把で80%の仕上がりの様。僕の掃除と同じなんです。だけど足はちゃんと拭くんです。足の指の間まできっちり。多分これはアメリアでの生活が影響しているのかなって。

僕がアメリカで英語を勉強していた時に、大学付属の語学学校で勉強をしていたんですよね。その時に住んでいたのがホーマンホールという大学の寮。2人部屋でハイミー君と言う僕より1歳下の18歳だけどもっと年上に見えるラテン系のフットボールの選手と相部屋だったんです。運動う選手にありがちな騒ぎ立てるタイプでなくて、穏やかでしかも頭がいい子で。今ごろ何をしているのかな?と、話がそれてしまいましたが、寮ではシャワーとトイレが共有だったんですね。各階にシャワー室とトイレがあって、便器4個、シャワー6個の空間。各階にたぶん20-25人ぐらいが住んでいたのかな?シャワーはタイル張りで個室になっているのですが、ある友達に”シャワーの時はサンダルのようなものを履いて浴びたがいいよ。床はあんまりきれいではないし、水虫をもらったりするだろうから。”僕はその助言道理にシャワーをサンダル履きであびて、その後は濡れた足をきっちり拭いてシャワー室を出るという習慣がついたんですよね。

おかげさまで今も水虫知らず。水虫と言えば、英語でなんて言うか知っていますか?

Athlete’s footって呼ばれるんですよ。アスリートの足。なんか魅力的な響きですよね。これもアメリカでのなんですが、そのころ付き合っていた彼氏とその友達が話していて最近アスリートフットなんだよね。って言っているのを聞いて。”そっか、かなり走り込んだり、スポーツしたりして土踏まずがかなりあるってことなんだろうな。”っていう誤解をもって解釈していて、元彼に、”僕の足はどう?アスリートフットじゃない?”って走るのが得意だった僕は誇らしげに見せたのですが、”一瞥して”いや、違うよ。”って即否定。そんなちゃんと見てもいないのに僕の足が運動向きでないって下されたような気になってガッカリしていたんです。その後、”どうしたらあうりーとふっとを手に入れれるかな?”と言う僕の問いに怪訝な顔で、”なんで?欲しいの?普通は誰も欲しがらないよそんなもの。”っていう後にシャワーで写ったりするという話を聞いて水虫とアスリートフットがイコールで僕の中で繋がったのでした。その後は二人で大笑い。

こうやってふと、昔過ごした日々の思い出が蘇ってきてふと微笑んでしまいます。

 

心が溶けそう、プンピパー君

インスタグラムを始めてから携帯のカメラで写真を撮るという行為が最近増えたんですよね。僕が最近まで使っていた携帯は写真のクオリティーも悪いので殆ど使ったことがなかったので鵜sが、ユリ君からおさがりでもらったこのケータイは、写真家泣かせのハイクオリティーで、ビックリ。いろいろな機能もあるなって使いながら感じていたのですが、昨日ついに発見してしまったんです。シャッタースピードとか、ISOとかマニュアルで変えて好きなように撮れるという事を!!写真について詳しくない方は、この単語を聞いても???って感じでしょうが、”マニュアルでも撮影できるんだ。カメラと本と一緒だなー。”って感心してしまいました。こうなるとね、写真をプロに頼もうって時代でもなくなりますよね。

インスタグラムの写真はすべてケータイで撮った写真しか上げないのですが、このブログであげる写真はすべてカメラで撮ったものです。そこは少しだけ差別化を。携帯のカメラも色々な機能があって面白いのですが、やっぱり持ち運びは重いけどカメラで撮って自分の好きはソフトウェアーで編集した写真が一番好きだなって思います。

好きなものって人それぞれ違いますしね。もう30数年間生きてきて自分の好きなものはこんなものだなって朧げな輪郭があるんですが。皆さんもそうじゃないですか?

けどそれが時に、”あー。こんなものも好きなんだな。”って思える時があって。それがね、一昨日もらったバレンタインのプレゼントの中にあったんです。

この手のひらサイズの熊の置物。これが本当にかわいくて仕方がないんですよね。なんなんだろうこの感情はって位にこの置物に愛情を感じています。けどね、これがお店に売ってあっても僕は買っていないと思うんですよね。”かわいね。”だけど、終わっていそう。

と言う事はこれが好きな人から送られたことにこの感情を帰依するのかと、考えてもいたわけです。けど、ユリ君からもらった初めてのプレゼントではないし、自分がずっと欲しがっていたものでもない。けど愛おしく感じるんですよね。”そうそう。これが僕の生活に必要だったんだよね。”みたいな。けどその必要性は、パソコンとか携帯とかの必要性ではなくて、つい見ていると微笑んでしまいたくなるような必要性。

それで考えてみたんですけど、もう一つそなものがあったなって。これはミニがくれたものなのですが、本のしおり。確か何年も前にミニが誕生日のプレゼントとしてくれたんです。黄緑の小さなカエルの頭には金色の小さな王冠が乗っていて、カエルの下腹部のところからシルバーの平らな棒が伸びていてこれを本に挟むんですね、するとカエルが本の上にちょこんと乗っている状態になるんですね。想像できます?この王冠があまりにも使って取れてしまってそのたびに瞬間接着剤でつけてるんですが。これも見るたびに笑顔になるんですよね。だけどこのカエルのしおりも絶対に自分では買わない。

底がポイントなのかな?自分では買うことは絶対ないけれど、好きな人や自分のお気に入りの人が贈ってくれて、”あ。こんな感じのものが実は僕好きなんだ。”ってそこで気が付けることが。それまではこの熊にしろ、カエルにしろ欲しいものとして心の中にもないので貰って、この存在が意外と自分に必要だなって気が付いてその存在が想像を超えた喜びをもたらすことになるんだろうかと。

何はともあれ、この熊がかわいくて仕方ないこの数日間です。名前は何にしようかなって思ったりしてるんですが、”プンピパー”にしようかなって。これね、僕がよく言葉にならないときに発する音なんですが、最近はよくユリ君も使うんですよね。