旅の目的の一つは、これ!

今日見える窓からの景色は雨粒で邪魔されてかすんで見えます。風を伴った強い雨だったのか、朝起きると窓は雨粒だらけ。その向こう側ではすべてのものが薄いグレーのベールをかぶって平面の単色的な景色に。これがヨーロッパの秋と言ってしまえば、そうなんですけど。秋風がしみます。

そんな秋の深まりを感じるドイツ、夕飯の献立も温かなものが多くなりました。一昨日は白菜と牛肉のトマトの煮込み、昨日は野菜たっぷりのチキンドリア。ドリアにはキノコと、玉ねぎのほかにみじん切りにしたカリフラワーを入れることに。ユリ君、どうやらブロッコリーやカリフラワーがそんなに好きではないようで、これならばれないだろうと思って入れてみました。まるで好き嫌いな子供を騙すかのように。

少し風邪気味のユリ君、なのでカリフラワーってビタミンCが豊富なのでうってつけだなって思ったんです。今調べてみたら、がん予防、老化防止に加えて。カリウムが多いので高血圧にもよいのだとか。ドイツに引っ越してきてから野菜の摂取量が増えたのは本当に良いことだなって、実感してます。

食事と言えば、最近は家族や日本で泊めてもらう人たちからメールがよく来るんです。内容は、”ユリ君は何が好き?何が嫌い?和食は食べれる?”と言ったもの。本当に気を使ってもらってありがたい。他視界に海外からお客さんが来ると何を作るか迷いますよね。特に欧米はベジタリアンとかビーガンが多かったりするので、、、。ユリ君は基本的に出されたものはちゃんと食べるので、”なんでも大丈夫。”と変身をするようにしています。ただ、生魚はまだ挑戦したことがないのでちょっと無理かもとは伝えてるのですが。

日本特有の食べ物ってありますよね。もちろん、寿司とかわさびに醤油とかは世界の大きな都市ではどこでも買えるようになってきましたが、梅干しとか、塩辛とかはね、あまり普及してないですよね。これをユリ君は食べるのかなって最近考えてます。”どこまで冒険家なのか?”と。

ドイツ人は基本的には食べ物に対して冒険をしないらしいんですよね。知っているものを食べる、みたいな。なので、ユリ君のお父さんもお母さんも寿司は食べないって決めてるようですし、生魚って聞くと顔をしかめるくらいに。その息子であるユリ君、頑張れるのかな?一泊はこれぞ日本の旅館と言う所に泊まるり、夕飯もついてくるので、ここでユリ君の冒険性が試されるのかと。中身についてすべてはわからないのですが、ノドグロとカニが出てくるんですよね。多分生ではないので大丈夫でしょうが、海の近くなのでお刺身も出るのかなって。

ミニ1年間だけ日本に住んでいて、それが物凄く田舎の町だったので日本語も上手に駆使出来たんですよね。なので、自分が苦手なものを勧められるとかわいらしい笑顔で、”じゃ、今度食べます。”っていって上手くかわしていたんですよね。

僕は出されるものを何でも食べるし、一応チャレンジしてその後もっと食べるか食べないかを決める雑食タイプなので、今回の旅が楽しみ。特に奄美群島の喜界島。友達の家に泊めてもらうのですが、友達のお母さんがご飯を作ってくれるらしくて、もう今から何が食べれるか気になります。調べてみると鶏飯{けいはん}やヤギなど。本土とは違った食文化が楽しめそうです。

 

僕の常識とユリの常識

寂しいぐらいに灰色の空のドイツ北西部。太陽の存在も感じないという空はどうも苦手です。せめて、あの雲の向こうに太陽があるっぽいねって雰囲気がほしいですよね。そう考えると日本は晴れが多いなって僕の思い出の中ではあります。冬でも寒いけど、晴れ間が見れるし、太陽を数週間みてないなって会話もしたことがない気がするから、、、。だから、日本に行くとつくづく太陽に愛されている国だなって思ってしまうんですよね。

けどこれって日本に住む人には、”そう?”って思われてしまう事なんでしょうけど。そうなんですよ。なので、日本への一時帰国が楽しみで、まいにち日本の長期天気予報を見ています。ユリ君にとっては初めての日本、どんなカルチャーショックがあるのかな。

色々な違って、国が違えばそうですが、育った環境がちがっても”カルチャーショック”的な事ってありますよね。例えば、目玉焼きに何のソースをかけるのかとか、洗濯の干し方の違いだとか。それで、ケンカになったりもしたりするでしょ?

同じ国の人同士だったら、同じ国で生きているから例えばテレビとかお笑いとかの番組を一緒に見たり、食べてきた食べ物もほとんどは理解出来たりしますよね。それが違う国の人が相方だと、友情の場合は、”分からないだろうな。説明しなきゃな。”から始まるんですね。なので、面倒だといえばそうなのですが、利点もあるんです。

だって、相手に共通の知識があると思っていないところか始まるから。

日本でだと箸を使えるのが当たり前で、日本人の彼が箸の持ち方が物凄く悪かったりしたら、”え?どんな育ちを、、、。”なんて思ったりしちゃうけど、ユリ君がギコチナイ持ち方でかなりの掴んだもののほとんどがまた皿の上に戻っていくという永遠の行動を見ても、微笑ましくおもえること。

洗濯を干すときに僕は自分の母親に教わった、しわを伸ばすために一度洗った服をパンパンと叩いて干すのですが、ユリ君はしわくちゃのまま。けど、”ドイツは多分これが普通なんだろうな。”って気持ちがそこにあるから気にならず、”パンパン”いいよって教えてあげよって気になるだけで許せる。そんなところが異文化カップルのはあるんじゃないかなって。

自分のあたりまえが、たにんのあたりまえではないんだなって。またそれを強制せずに、相手の意見を聞いてどこまでお互いが歩み寄れるかを決めるのも面白いなって思います。

ドイツってベットはダブルで3人が寝れそうな感じなのに、布団は小さかったりするんですよね。けど、その小さな(シングル}が2つあるんです。1つが僕様で。もうひとつがユリ君様みたいな。これってイギリスやアメリカではなかった発想で、カップルだったら、1つのベッドを1つの大きな布団でシェアってうのがイギリス、アメリカ流。なので、最初別々の布団を見たときは、”ロマンチックじゃないな、、、。”なんて思っていたのですが、”だって、人それぞれ快適な温度って違うでしょ、その温度って布団の羽毛に暑さによっても違うから別々のほうが機能的でしょ。”といわれ、さすが理論大国ドイツと思い別々の布団になったんです。

確かにこれで良かったなって今は思います。だってね。僕が使っていたのはユリ君が冬の寒い時期にしか使わない羽毛布団で、ユリ君は夏はタオルケットっぽい薄い布団。室内の気温は15度くらい。普通に寒いんですそこでタオルケットで眠れるってすごいですよね。だけど、体を触って納得。全身ホッカイロみたいな温かさなんですよ。西洋人って体温が高いって聞くけど、ミニもこんなには高くなかったし、ヨーロッパ大陸型男性はこうなのかなって考えてみたり。

と考えても仕方がないので調べてみたら、ヨーロッパの平均は37度で38度を超えないと発熱と言わないという記事も。38!!日本人にしたらもう、病気の真っただ中ですよね。この原因の一つは筋肉量のちがいなのだそう。確かに、ヨーロッパの人って少し筋トレしただけで筋肉量増えるのがはやいですもんね。それに比べてアジア人は細さは保てても筋肉はつきにく。

こんな、今まで自分が当たり前だったことが実はあたりまえでないってなったりするところが国際カップルの面白いところでしょうか。けど、関西と関東で違うように日本の中でも違ったものややり方があるから、まずは相手が自分と同じ考え方や行動をしないと思えば、ケンカも減りそうですよね。

 

国が分かれる事と結ばれる事

昨日は午後から出かけることに。

日本への一時帰国委が差し迫っているので、お土産を買わなきゃなって思ったので。今まではロンドンから日本に帰っていたので、長年住みなれた街なのでどこに何があるか知っているので、楽だったのですが、住んで一ヶ月ちょっとのこの町では何がどこにあるのかいまいちわからないんですよね。後、今回思ったのがお店の数のすくなさ。

そりゃね、イギリスの首都とドイツの田舎の都市を比べてしまってはいけないのはわかるのですが、お店の数も少なければ、専門店の内容も薄い。そして、ドイツ土産と言えば何なのかがぴんと来ないっていうのも、また問題点。ソーセージて思って調べると、税関でっかかりそうだし、ビールを持っていくわけにもいかないし、カッコウ時計もね、、、。

なので、困難を極めているお土産買い。今週もう少し出歩いて頑張りたいと思います。

さてさて。今日はユリ君お仕事に行ったのですが出かける前に、”今日は祝日で、ほかの人は仕事していないから、お店も休みだよ。”といわれて外を見ると、確かに車が全く通っていない。

なんと今日は東西ドイツが統一された日なんですよね。”そっか、この日に壁が崩れたのか。”って思っていたら、どうやらそれは別の日らしく、、、、。壁が壊れたのは1989年の11月9日。その時には東西の行き来ができるようになっただけで、東ドイツは東ドイツとして残っていたようです。その後1年かからずに翌年の90年の10月3日に再統一されたのだとか。90年という事はもう27年前なんですね。

僕はそうすると9歳ぐらいで、ユリ君は5歳。時代の変わり目にユリ君はこのドイツにいたんですね。僕はそんな国をテレビの中でしか、あの頃は知らなかったのに今はそこに住んでいるって不思議ですね。

第2次世界大戦後に東西に分けられたドイツ。ほかにも国が2つに分かれた国もありますよね、北朝鮮と韓国とか、ヴェトナムとか。

話によれば第二次世界大戦後、日本も分割される恐れがあったのだとか。そうなると東北、北海道がソビエト連邦に、東京を除く関東甲信越、大阪を除く中部関西、沖縄はアメリカに。四国は中国で、中国地方と九州はイギリスへと4分割統治も考えられていたのだとか。ちなみに東京はアメリカ、ソ連、中国、イギリスの共同統括、大阪は中国とイギリスの共同統括だったらしいですよ。

そうなっていたら、日本国内でもいろいろな問題が、間違えれば内戦が起きていたのかもしれませんね。

ドイツも統合されて27年が経つのですが、今でも元共産主義だった東ドイツはどちらかと貧困率が高かったりするそうです。

実は今度日本に帰るときによる奄美群島の島、喜界島。実はこの島、沖縄と同様に数年間はアメリカの領土となったんですね。

統一の日を迎え、このことを書きながら、国とは、国境とは、民族とは何なのかなってしんみりと考えてしましした。

 

一人で向かう先は

昨日は秋晴れの一日。青空と暖かな太陽の日差しで、散歩日和。どちらから誘うでもなく、外に出かけることに。運河沿いを歩いて、そのご住宅地を通り抜けながら、”こんな感じの家に将来住みたい。”なんて話しながらの1時間の散歩。太陽の下に出るってやっぱり気持ちがいいですね。

家に帰ってからは、もうすぐ迫ってくる日本への一時帰国の情報集めに。この前に帰ったのが2年半前なので久しぶり。ちょっとだけ、何かドキドキもするんですよね。自分の生まれ育った国だけど、最後に住んだのは10年以上前。だから何となく、懐かしさと、新しさを同時に感じてるです。

多分それは、今まで僕が行ったことのないところに行くこともあるんでしょうね。熊野古道、奄美群島、島根など。今回はユリ君の人込み嫌いを考慮しながらも、日本と言う国の美しさを見せる旅をと考えています。

ユリ君がもっと日本の何かに興味を持っていたらなって、時に思うんですよね。ほら、外国人の中にはものすごく日本に詳しい人っているでしょ?漫画だったり、映画だったり、言語だったり、文化や食事についてだったり。それだと、ここの博物館に連れてって上げようとか思えるけど、今ユリ君が知っている日本の事は地震が起きて自然災害が多い、生魚を食べる国。ぐらいしかないように思うんですよね。そして只今、はしの使い方を絶賛練習中です。はし 使えはするんですけどギコチナイ。本当にこのカタカナ表記のような感じなんです。一番ダメなのがラーメンのように麺類がスープの中にある場合。たいていの場合、いいところまで持ち上げてスープの中に高飛び込み。僕が全部食べ終わってリるのに、ユリ君はまだ2口目みたいなスピードで、、、。頑張ってもらいましょう。

そんなこともあり、今1人でいろいろな情報を集めているところなんです。

そこtで気が付いたのが、僕って1人で何かをすることが好きだなってこと。

例えば今だと、朝の自重トレーニングとか、10kmのランニング。独学で進めているドイツ語とか。大体は、いろいろ情報をネットや本で集めて、そこから自分に合ったものを取り入れていくというのが基本のスタンス。

ドイツ語は今は、英語からの学習をストップして、日本語の観点からのドイツ語学習。言語はパズルを解くような感覚に似てるなって思うんですよね。たくさんのピースが散らばっていて、その中からまずは一つを選んでそこにあう違ったピースを探す。時に惜しかったり、全然ちがったり。だけど、ある時にぴったりと自分の頭の中で2つ時には数個のピースが合わさって、その時の頭の中のひらめきを感じるのが好きだったりします。

そう考えると、カメラだって独学でした。フィルムカメラの時はシャッタースピードや絞りの記録を取って調べたり、デジタルカメラの時は未知なる単語が多くてびっくりしました。カメラについては僕はイギリスに来てから勉強したので、ほとんどが英語なんですが、最初は雑誌に出てくるRaw fileっていうのがなんだかわからなくて調べたりしました。あとは、パソコン上での写真の編集。”あーでもない。こーでもない。”って試行錯誤で毎日、作業してました。

だから、仲間で何かをするって僕はあまりしないなって思います。学校とかも、習い事とかも。そこへ、見知らぬ知識の場所に1人で向かっていくことがどうやら好きみたいですね。

暗闇と新生活の関係性

朝起きると真っ白な霧で世界は覆われていました。

この前も霧の朝で、これってドイツの秋の訪れと関係があるのかなって思っているところです。霧の日って雪の日と同じように今まで見ていた景色がどことなく変わって見えるので不思議ですよね。なにぁ自分の知らない世界がそこに広がっている感じがして。特に霧の日には視界の見える範囲が特に限られているから、ちょっとした恐怖心もその中にある気がします。

見えないからこそ、その先に何があるのかわからない。けど、近づくとなんでもなくて。”僕はあと、暗いところ行くのも好きではないかも。これも恐怖心を感じるから。これは子供のころからだ、2階に1人で行くのや家の外にある洗濯機のある部屋まで行くのも、”よしっ!!”て思って頑張って行ってたほど。今も洗濯場がこのアパートは地下室にあってそこが、暗いんですけどいつもドキドキしながら行ってるんですよ。想像力が発達しすぎているのか、何かがいるのではって思いにかられるんですよね。けど、結局なにもなくて取り越し苦労だったなって。

これって新しい生活でも言えませんか?

実はね昨日、食料品で必要なものが出来てスーパーに1人で買い物に行ってきたんですよね。もちろん、前にも1人でスーパーに買い物に行ったことはあったのですが、今回は少し事情が違ったんです。

豚のひき肉300gを買わなきゃいけなかったんです。

”え!どうして、それが問題?”って思われるでしょ。実はね、これドイツ中なのか分かりませんが近所のスーパー3件ともパックされた肉の種類がそんなにないんですよね。アメリカでも、イギリスでも、日本でもパック入りの肉のコーナーがずらーっとあるでしょ?それがあんまり大きくなくて、種類も少ないんです。じゃ、どうするかって思うでしょ。

お肉のカウンターがあって、ここには沢山の種類のお肉があって、ここで頼むんですよね。

そう、つまりはドイツ語で”豚のひき肉を300gください。”って言わなきゃけないってこと。

スーパーへの道すがら、今まで覚えたドイツ語を総動員させて頭の中で文書にして、それを反復練習。スーパーについて、肉カウンターへ。

”こんにちは。豚肉のミンチを300gください。”と素直に出てくるドイツ語。

すると、”2種類あるけどどっち?”といわれ、???となったのですが、やさしい店員さんが指でこっちが粗ミンチで、こっちが細かなミンチと説明をくれて、納得。無事に豚のひき肉300gを手に入れました。最後には”よい1日をね。”とも言われて、それでも僕の心はウキウキ。そう、単純なんです。

あんなにドキドキしたけれど、いざ終われば暗闇の部屋に入って電気をつけたときのように、”なんでもなかったな。”って思えたのと、”大丈夫。やればできるじゃん。”という思が。

旅をしていると、別に通じなくてもいいや、どうにかなると言うので乗り越えられるんだけど、一旦住み始めた国だと、”f頑張って上手くしゃべりたい、立ち振る舞いたい。”っておもちゃうんですよね。だから、ドキドキしちゃうのかな。だから、今のドイツの生活は暗闇のほうが多いんですよね。そして少し勇気を振り絞って近くの暗闇に入って行って電気のスイッチを探して、その暗闇を少しだけ明るくする。そんな感じ。いつかはこの暗闇が全部明るくなるといいなって思いながら毎日を過ごしているなってこの文章を書きながら思いました。

 

3つの言語が入り混じって

曇り空のはじまりで、”走るのどうしようかなー。”と思いながらも重い腰を上げて行ってきました。ヨーロッパにいると特に天候に感情が左右されやすいように思うのですが、気のせいでしょうか。前に書いた通り、ヨーロッパの秋は彩の秋ではなくて、グレーな色と冬の暗闇が濃くなってくる準備段階で、あまり心が浮き立つことがないんですよね。僕の朝の走り込みも、だから曇りの空だとどこか億劫になってしまうんです。

それなのに、きょうは走り始めてから調子がよくてベストタイムを更新できました。今までは10kmを46分3秒でなかなか45分台に行けなくて、もがいてたんですが。一気に僕の目標だった45分を切るというタイムまで短縮されて44分55秒。頑張りました。さいごの1kmは、”これは好タイムかも。”っと思って猛烈なダッシュで、1km区間のタイムの中で一番早いものに。今度は43分台を目指そうかな。

走ることって、僕にとってはほかの人とコミュニケーションをとるという事でもあったりします。ハイキングとかでもそうなのですが、道を通り過ぎる人に声をかけたりするんですよね。モインっていうだけなんですけど。モインっていうのは北ドイツで、ハロー!みたいなもので、もともとは朝だけの挨拶だったらしいものが1日中これでオッケーという便利な単語。

見ず知らずの人に声をかえけるのはそこまで苦ではないので。これは小学校の先生に感謝。僕は日本の大きくはない田舎で育ったので、誘拐とかの心配もなかったんですよね。それだからか、学校では挨拶運動と言うものがあって、これは登下校時に大人の人に会ったら、”こんにちは。”って言いましょうという活動。なので、他人に挨拶するのがそこまで苦ではないのです。

ロンドンの時は大都会なので、他人には挨拶せずに無視するのが一般的みたいなのがあるので、しなかったのですが、ここに来てからは挨拶をよくしています。もちろん、街の中ではしないんですけどランニングコースの田舎道で出会う人とかには、相手を見てですが声をかけてます。時にものすごく笑顔で、モインって返されるときの嬉しさ。これ、だいたいにおいて中年のおばちゃん。こんな人に会うと、”ドイツ語頑張らなきゃな。”って思えるんですよね。

そんなドイツ語のお勉強も今日から変化しました。

この前までは携帯に有料のアプリがあって、それでドイツ語の基礎をしていたんですね。ものすごくいいアプリで、基礎編は6コース。1つのコースにレッスンが12-18あるんですね。内容も色々とちりばめられていて文法、リスニング、発音、単語が主な構成です。そのすべて一昨日おわらせました。ほかにもレベルアップのクラスや詳しい分野のコースもあるのですが、昨日で僕が買った期間が終わったんです。もちろん、また追加で買えるのですが、10月から1ヶ月ぐらいは日本にいるのでまた、帰って来てからでもいいなと思っていったん中止に。

なので、今は日本語の教材で勉強しています。

どいつごは3番目の言葉なので、便利なのが英語からと日本語からドイツ語にアプローチできること。ドイツ語は英語よりの言語なので、英語での説明のほうが文法的にもわかりやすく入ってくるのですが、日本語とドイツ語の共通点もあるんですよね。例えば語順の並びが日本語に似ているとか、ここは日本語で考えたほうが英語よりもスムーズに頭に入るなとか。

なので、今回は日本語の教科書でドイツ語に。やっぱり、アプローチの仕方も違うから、”え、最初からこれを覚えるの?”ってとこもありますが、読み進めるとなるほどなって思えるんですよね。やっぱり、日本語とドイツ語は言語家族が一緒ではないので文法や分の構成がまずきて、そこから学んでいくことに重点が置かれるように思います。そのぶん、英語からは似ている言語なので文相をみながら、”ほら、ここは英語と一緒だよね。”みたいなアプローチが多いかと。

だから今は頭の中がこの3つの言葉で埋まっていて、時にユリ君に喋っているのに日本語になったりするんですよね。けど、この混乱が少し面白かったりします。だって自分の意思とは関係なく言語が出てくるんですから。

さ、頑張ってドイツ語マスターしよっと。これが僕の使っている日本語の教科書と、英語で学んでいるのがBabbelっていう言語勉強アプリです。

酷使するというのはこういうことを言うのかも

悲しい夢を見たな。のどが少しだけイガイガするなー。おなかも少しまだ膨らんでるなー。肩がこってるなー。右足のかかとの皮が少しはがれそうだな。左足のふくらはぎが痛いな。というのが朝起きた時の感想。

だけど、なんとなく満足感を感じるんですよね。

なぜかって?だって、その前の土曜日が物凄く長い1日だったから。もちろん悪い意味でなくて、本当に長い1日だったんですよね。

起きていた時間でいうと朝の4時から、夜の11時半。この日のほとんどを起きていたっていうことになりますよね。普通は夜眠らなくてほぼ徹夜になったっていうのが一般的ですが、そこは健康優良児の僕ら。起きる時間が物凄く早いという状態。前日の夜は9時に就寝。なので、朝4時起きだったのですが、7時間はちゃんと眠れました。

朝4時に起きて、いったい何をと思うでしょ。話は前日の金曜日に戻ります。

10月にユリ君と僕は日本に行くのですが、そのメインイベントの1つでもあるのが熊野古道を歩くこと。1日では回れそうにないので、途中で1泊してのハイキングになるんですよね。地図を見る限りでは高低差はあるにしても距離的には1日20kmもないくらいなので、普段よく歩いてる僕たちにとっては問題ないかと。ただ、ユリ君がこの熊野古道の前に足を少し慣らすためにハイキングに行っておきたいと言っていて、じゃユリ君の友達も誘って来週の終わりに行こうかと計画をしていたんです。なので、今週末は本当は穏やかに過ごす予定だったので金曜日の午前中に10km走りに行った僕。ユリ君が帰ってきて、”ちょっと、変更がある。”とのことを言うんです。ハイキングに行く時に使う電車の一部の路線が来週は工事のためにバスサービスしかないとの事。すると、2時間移動時間が増すことに。

たった2時間と思うかもしれないのですが、問題はその移動時間の長さ。実は北ドイツってオランダと似たような地形で、海抜0mか、それより少し高いところしかない平地が多いんです。なので、標高差がある山を求めるとハルツ地方にある北ドイツ1の高さを誇るブロッケン山行くのが1番近いんです。近いといっても電車で片道5時間。なので、これにあと2時間足すと7時間。往復14時間の移動時間に。これだと長すぎるので、来週のハイキングは中止に。けど、それでも行きたそうなユリ君だったので急遽、ハイキングを強行することに。それだったらば10kmも走らなかったのになーとは思いつつ眠りにつきました。

まだ暗い4時。お茶を水筒に入れたり、途中で食べるチョコレートやサラミを入れて準備完了。電車を2回乗り換えてスタート地点に到着。今回ユリ君が選んだのは悪魔の道のひとつ。そう、悪魔の道なんです。ここブロッケンは悪魔や魔女が年に1度集まって集会を開くことで有名なところでもあるんですよね。その影響もあってこんな名前ですし、悪魔の道にふさわしい道のりでもあるんです。

ドイツは道すじの標識がいたるところにあるので便利なんですよ。悪魔の道もわかりやすいように、悪魔マークがついているでしょ。

 

この道、最初から急な登り。登り切ったと思ったら、また登りが。そしてその次にはなんと下りが。そしてせっかく下ったのに、また登るという、、、、。本当に悪魔の仕業の様です。しかもね、上の写真にあるように残り12kmってあるけど、この標識が3回ぐらいい同じ12kmで、”これも悪魔の仕業か!!”なんて思ってしまいました。

その後、落ち着いた道のりを進むと、大きなダムが。なんでもここは昔、水面の真ん中で西ドイツと東ドイツを分けていたそう。ダムの上ある道の途中にその標識が。歴史を感じさせてくれますね。東西ドイツが再統合されたとき、ユリ君は幼いながらもこの地に住んでいたと思うと何か不思議な感じ。僕はその時小学生低学年で、テレビの映像を今でも覚えています。あと、たぶんCMで使われたのか、カップヌードルとこの映像もリンクしてるんですよね。

近くには湧き水もあってそこで水分補給。冷たくておいしい!!水にうるさい熊本県民もこれは納得のおいしさ。

穏やかな景色を後にブロッケン山に道は登り始めました、

すると、まあ、のぼり、のぼり、のぼり、のぼり、のぼり。ひたすら上り坂。ものすごく急な坂を上り切って少し平らだなって思って角をまがるとまた急な上り坂。最初は、”いいね。いい運動になるね、このコース。”なんて気楽にしてたんですけど、途中で無言に。途中で眺めがいいところに写真を撮ったのですが、見えますかはるか下に先ほどの湖がみえるの。ここからもっと上がっていきます。

 

頂上は何かサンダーバードの基地みたいでしょ。東ドイツの頃はここはスパイ基地として使われていたそうです。ここで昼ご飯を食べて一息。特にすることもないので下山することに。この時に踵にちょっと痛みが。間違って普通の靴下を履いてきたからちょっと靴ずれみたいになったみたい。

帰り道は2つの選択肢があって、ゲーテの道(ゲーテはこの地方によく滞在したらしく、ここを散歩道にしていたらしいですよ。ちなみにブロッケンは彼の戯曲ファウストでも出てきます。)因みに詩人のハイネリヒ・ハイネもこの地方になじみが深い人の1人です。このゲーテの道はユリ君曰く、短いし素敵な景色があまりない。もう1つは距離は長いけれど川の横を通って素敵な景色が見れるよというので、後者を選んで進むことに。

先ほどの急な上り坂を今度は下ることに。最初は下りは楽だねって言ってたのですが、あまりの急こう配に膝への負担が大きい事。しかも僕のお腹がどうもおかしい。僕、おなかの調子が時におかしくなることがあるんですよね。ひたすらおなかにガスが溜まっていくということが起きて、今まで平らだったおなかが段々、身籠ったかのように少しづつ膨らんでいくんです。最初はそこまで気にしないで歩いていたんですが、後半はもう足も痛いし、肩は荷物でくい込み痛いし、おなかは膨らんで死にかけの状態に。それでも時に素敵な景色が。ユリ君も滝の横で一休み。

 

 

ようやく帰り着いた時には夜の11時過ぎ。もう、疲れたの一言。お腹のふくらみも治まって、シャワーを浴びた後の爽快感が心地よくてベッドに。疲れたけれども達成感のある1日なりました。

 

これが、きっかけになれば

嵐が去った後の次の日はすっきりと晴れ上がって気持ちがいいですよね。風はちょっと冷たいけれど、思わず深呼吸したくなるような素敵な空。いいですね。

そんな朝はストレッチ運動、筋トレをして、一生懸命に掃除をしましたよ。

少し前に書いたんですが、僕の掃除は自己満足型で、自分が掃除をしたという実感がが優先されるあまり、そのクオリティーが高くないことで有名なんです。最近は。自分でもそれを認めているので、”綺麗になるまで掃除をする。”というのを自分に言い聞かせながらしてるんですけどね。

そんな、掃除。今日は普段にも増して気合いをいれてしました、なぜかと言うと、明日はユリ君の両親がここを訪れるため。せっかくなら、きれいな所に招きたいので。いつもながらの水回りの掃除をし、ユリ君の掃除道具を入れるクローゼットの中に見つけた洗剤類を吟味して、使ってみることに。すべてがドイツ語なので、なんとなくわかる単語と、デザインで試してみることに。

その中の洗剤で、ビックリなのが。このボトル、絵が描いてあってガーデニングのプラスチックの椅子、とかシャワーとがあって、その素材がプラスチックを強調するかのように白なんですよね。ここのキッチンのシンクは王らすちっくぽい素材なので、”これだ!!”と思い噴射!このシンクがね、いつもの洗剤ではこすっても取れない何か薄茶色のシミみたいなものがあって嫌だったんです。

そして放置すること5分。浴室の掃除を終えて帰ってきたら、真っ白!!一瞬、”あれ、新品?”って思うほどの美しさ!!

僕って、あんまり洗剤とかを考えずに使って、掃除をしてたんですよ。だから、今回の結果を見て興奮。これが掃除の楽しさか!!と。ただね、その後も陶器のシンクやバスタブはこれかなって違う洗剤を使ったんですが、これはあんまり効果なし、、、。

今回の掃除で気が付いたのは、僕は目に見えて見える結果が好き。という、もの。本当に僕って単純だなって思います。

その後、いつもはルンバが掃除をしてくれるのですが、僕には使い方がわからないので、掃除機をかけました。掃除、頑張ると結構あついですね。頭注から上半身裸で掃除に取り組みました。

掃除のコツや、楽しさが少しづつわかってきてるのかなー。ってまた、自己自讃しているところです。

誘惑には負けないぞ!

スッキリと晴れ上がったそれが広がるドイツ北西部。ただ、風も強めで少しひんやり。朝早めに走ってきたときには雨がチラついたり、突然晴れたりと不安定な天気だったのけど、どうやら落ち着いたようです。

今日はいつもの10kmコースではなくて、少し短めの6kmコースに。ユリ君と一緒の走るときに時に行くこのコース。今までその距離を測らずにいたので、そのチェックを兼ねて走ってきました。10kmコースはどちらかというとひたすら真っ直ぐに周りに何もなくただ広がる大地をひた走るかんじなのですが、この6kmコースはアップダウンも多く、木々に囲まれた中を走るので、気分もまた違います。僕が思うに、このコースは昔の城かなにかのお堀ではないかと。そんな地形の上や下を走るコース。気に入りました。

最近、毎日の流れが決まりつつあります。最近は朝6時の起床で、ユリ君との朝ごはん。彼が仕事に行くのが7時前で、見送りの後にするのは日記を書くこと。その後、筋トレか、走りに行って汗をかいている場合はシャワー。9時ごろにネットをつなげて、ブログを見たり、書いたり、片付けておかないメールや電話もこの時間に。11時ごろにドイツ語の勉強をして、12時半ごろに昼ごはん。1時過ぎまで自由時間で、その後自分のプロジェクトをして、またドイツ語の勉強。切りがいいところで終わらせて、夕飯の準備。

こんな流れ。もちろん日によっては買い物に行く日、洗濯をする日、掃除をする日などが間に入ったりもするんですけどね。だけど、基本はこのパターン。基本が決まると学校の様で、時計を見て”今、この時間だな。”って動けるのでメリハリもあるし。だけどね、時に誘惑に負けちゃうことも。ユーチューブを見よとか、本を読もうとか、脇道にそれちゃうことも。自分を甘やかすのって本当に簡単ですよね。けど、負けないぞ!!

 

 

また逢う日まで、それまでのお別れだね

穏やかな月曜日の朝を迎えているドイツ北西部。木々の葉も赤色が入って秋の気配がそこら中に漂っていて、夏の気配はどこにもありません。けど、秋の日差しは肌に温かくて運河を渡る風は少し肌寒い程度なのでその雰囲気は情緒的でいいんですけれどね。

そんな穏やかな朝をと思っていたら、仕事に行く前のユリ君から指令が。今日は何でも紙のリサイクルの日なので、結構たまった段ボールを出しておいてほしいとの事。確かに、結構大きな段ボールが玄関先に。紙専用のリサイクルボックスには入らないからその横においておけばいいよ。って言われて、ユリ君が去ったのちに置きに行くことに。すると、1階に住むおじさんが出てきた何やらドイツ語で話しかけられます。このおじさん、ちょっと曲者だどユリ君から聞いていたんですよね。”あー。来たな。”って思いながら聞いてると、どうやらごみ箱に入らないからそのまま置いておくな、向かいにある大きな黒いゴミ箱に入れろってこと。

そのごみ箱、確かに向かいにあるけれどユリ君から”あれは、私的に使うものではなくて、公的なものだから使っちゃダメなんだよ。”って言われてたんですね。それでも、あそこに入れろと言うおじさん。なので、つたないドイツ語で、”あそこはユリ君が使っちゃダメ。”っていってたので出来ない。”というと、”じゃ、自分の地下の部屋にしまっておくんだね。”と言われ地下にもっていくことの。

このことをユリ君に言うと、”彼のことは無視して、置いておけば大丈夫だよ、”とのメッセージが。ユリ君曰く、昔住んでいたところではリサイクル資源は箱に入っていなくても持って行ってくれたとのこと。イギリスでは基本的には箱に入れなきゃいけないので、ドイツ流の判断が僕には出来ないので困ったもの。しかもこのおじさん、結構監視しているっぽいんですよね。今日も、僕が共同玄関で出ようとしたときに出てきて咎められたので、、、。また、彼が出てきてすべて理解できないドイツ語を浴びせられて、それに返答することもできずにだけど箱だけ置いておくのって難しい、、、。それをユリ君に正直に伝えると、”じゃ、僕が後で話す。”とのこと。この箱について、どちらが正しいかわからないし、これで近所の仲が悪くなっても困るのしね。ほかの国に住むと言葉もそうだし、その土地のルールもあるのでそこが難しい。

さてさて、週末は悲しいニュースが。

ユリ君の両親はユーラシア犬を2匹飼っていて1匹はまだ1歳半ぐらいで、もう1匹はもうすぐ12歳。この前遊びに行った時も仲よく遊んだのですが、年寄りの方のサミーが亡くなったとの事。もう、年を取って散歩に行く足取りも遅かったサミー。死ぬ前日に出かけてその時は元気で、帰って来てからちょっとぐったりで休んでいたそうなんです、そしたらそこから立つことができなくなって。獣医さんにあとできてもらったのですが、”安楽死を勧めます。”と。それで翌日に安楽死したそうなんです。

この前別れ際に、”今度はクリスマスに会おうね。それまで、頑張ってね。”って伝えたんですけど、老体には無理だったのかな。

サミーとは出会ってほんの数回だったんですが、ものすごく親近感を持っていたんですよね。去年のクリスマスも僕の横にいてずっとなでる僕の手を嫌がらずにいたサミー。そんなサミーがいなくなったんだなって思うと泣けてきました。

悲しいとか、辛いとかの感情とはまた違って、サミーの歩いてる姿や、僕の横にいた姿を考えてたら涙が止まらなくて。本当はもっとサミーと時間を過ごしたユリアンのほうが泣きたいだろうに、僕って困ったものです。

死に際して、やっぱり一番つらいのは残される者ですね。いつまでもいなくなった人の亡霊のような思い出がふと時によみがえっては、ここにはもういないのだなと実感させられるあの時の空虚な気持ちほど胸を締め付けるものはないですよね。

サミーは今頃、幸せな場所にいることでしょう。そして、日本の家にいて、今は天国にいるアングル君やサラちゃんと出会っていたのならいいなって思います。