月食とスキー地獄

寒い、寒い、寒い。本当に寒い!!週末から気温がマイナスから上がらないという寒さ。びっくりですよね。今朝の温度はマイナス4度。

そんな寒いのに昨日なのに、出かけました週末。土曜日は家から25分かかるスーパーへとユリ君と歩いていってきました。本当に抜けるような青空で太陽もわずかな温かみをもって光っていたので、散歩がてら。帰りはかなり重い荷物を二人でもっていかなくちゃいけなかったんですけどね。けど、肺いっぱいに冷たい新鮮な空気を取り込めたのはよかったなって。次の日の日曜日は夕方にランニング。寒いけど、素敵な夕暮れを見ながら走ることが出来ました。こんなに寒い中にいると、冬の醍醐味は寒さの中に身を投じるってことなのかなって。

そうそれと、今日はドイツの明け方に月食が見えたんですよ。5時前から欠けはじめて、最後は薄い赤色を帯びて暗くなりました。

頑張って望遠で撮影したけれど、遠い月はこんなに小さくしか映らないんですよね。

さてスキー合宿で突残誘われた1日スキー旅行。これ男性だけなんですね。それで、初心者クラスの50代の男性も誘ってるから大丈夫だよって言われて参加したんですけどね。

まずこの1日スキー旅行は、このスキー合宿を主宰してるピーターさんが引率してくれるんですね。ちなみにピーターさん、体型は違うけど顔はサンタクロースみたいな優しい顔。年はうーん。60-70の間かな。もしかしたらもっと上なんかも。ピーターも、「大丈夫、大丈夫。」って笑顔で言われて安心しきっていた僕。

ここスキー場の説明をしなくてはいけないのですが、オーストリアではスキーの全てのスロープに色が付けられています。青が初心者、赤が中級者、黒が上級者。なので、自分のレベルに応じてどのコースを滑るか決めるんですよね。それで、僕はほとんど青。赤は誰かについていって頑張れるくらい。黒なんて言うのはもちろん未開の地。

感がいい人はもうわかりましたよね。この男性オンリーの1日スキー旅行、黒いコースを滑らなきゃいけなかったんです。しかも2度。もうね、赤でも急斜面なのに黒は「崖か!!」って思える斜面を行くわけです。この1日旅行に参加したのは10人ほどでみんな上手な人ばっかり。僕は2番手か3番目の位置で滑らせてもらって先頭を行くピーターのコース取りを真似して滑るんですが、速い、速い。綺麗なパラレル走行で年齢を感じさせないほどにスイスイ本当に滑るように下っていくんですよね。

もう一人の初心者のおじちゃんも転倒したり、スキーが取れたりと必死な初心者ふたり組。午前中はなんとかついていけたのですが、午後になってあれ腰が痛い。けど、山の中で宿からははるか遠くの土地にいる僕たち。頑張って下るか、救急隊を頼んで担架で麓に降りるかのしか選択はないわけで。そうなると、担架で運ばれるまでの大事ではないし、頑張って下るしかないんですよね。

そして最後のスロープで来ました。嬉しくないものが。右腿の筋肉がつるっていう事態に。もうね、滑りながら足に疲れが来ているのがわかるんです。「あー。足をつりそうだな。」って感じるんです。そしてスロープの途中でストップした瞬間、痛みが。数分間で少しは楽になったので足を騙し騙しようやく麓まで降りることができました。

終わった後はパブで飲み会。頑張ったねって褒めてもらえて、ビールも美味しかったです。あー。本当に頑張ったな、自分って思います。黒のコースはね、しばらくお預けでいいかな。

今更ながら、新年のご挨拶

1月半ばになりながらも、今更?って思われそうですが、、、。明けましておめでとうございます。

最後のブログがクリスマス前なので久しぶりになりますが、今年もよろしくお願いします。今年は僕にとっても変化の年になりそうです。色々な人に出会いそうな年となりそうです。

出会いと言えば、年末にたくさんの出会いがありました。実は年末年始ブログをかけない環境にあったんです、スキー旅行に行っていたんですね。僕のブログを読んでいる人はお分かりと思うのですが、僕は去年からスキーを始めたんです。なぜかというと、ユリ君がスキー大好き人間だから。

ユリ君がスキーを始めたのは幼稚園の時。それから毎年のようにスキーに行っていたようで、スキーのインストラクターとして働いていたこともあるんです。なので、スキー上級者。それに比べて僕は30代後半でスキーを始めて、急斜面に怯える初級者。その差は月とすっぽん、というかそれ以上。

去年の初めてのスキーは僕のイギリス友達も呼んで6人で行ったんですね。そのうち初心者が4人。あとの2人は上級者ユリ君と、中級者ミニ。その時は1週間のユリ君のスキーレッスンの後にどうにか滑れるようにはなったのですが、スピードも遅いし、ちょっと急斜面だと恐怖心から転ぶし、足はその為に痛いしと、苦労しました。

なので、今回の旅行も少し不安だったんですよね。また転ぶのかな?あの恐怖心がまた去来するのだろうか?などなど。

そのスキー旅行、ユリ君は早いもので夏には予約を入れていたんですね。そしたら10月ごろに、ユリ君の地元で毎年バスを貸し切って1週間年末にスキー旅行をする団体がいて、そこからユリ君に連絡が。「スキーの先生を引き受けてくれないか?」という相談だったんです。それでフランスとオーストリア、各1週間ずつの計2週間となりました。2週間のスキーって、もう合宿でしょ?

その2週間を終えて今思うのは、本当に色々と頑張ったし、色々な出会いもあったし、スキーの面白さを理解始めることも出来たのでよかったなと思ってます。

明日からはその2週間のダイジェストを書いていきたいと思います。

みなさん、今年もつたない文章でつづるブログではありますが、よろしくお願いいたします。

国が変われば

さてさて、真冬のドイツ。本当に暗い、、、。朝起きても今は9時をすぎても薄暗いし、今も何となく暗い午後の3時。あ1時間もすれば暗闇の中にまた戻っていきます。この季節はまだクリスマスを待つ時期なので気分的には明るいのですが、問題なのはお正月過ぎてから3月の半ばまでの間なんですよね。どうにか乗り切れるかな、今年も。

ヨーロッパの冬は本当に暗いんですよね。日本でも冬は暗いよって言われそうですが、半端なく暗い。この季節にうつ病を起こしやすい時期でもあるんです。僕も最初の年にはやられました。酷いものではないけれど、なんとなく悲しくなったり、やる気が出なかったり。出るのはため息ばっかりと言った感じで。これがヨーロッパの冬の洗礼かと思いました。それが2006年だから、今年でヨーロッパで迎える冬も12回目になるんですね。早いなー。

毎年慣れてきている感じはあるし、暗いなら家の中をロウソクの穏やかな光や、包まれると心地よい毛布にくるまって好きな映画を見たりと、暗闇や寒さを楽しむようにしています。

新しい国に来るとやっぱり母国にいた時とは違ったことが多くてびっくりしますよね。冬の暗さとか、太陽の位置が夏でもそんなに高くならないとか、これって現地に住まないとわからないことで。そしてこれはただ単純に地理的なもの。それにプラスして、言葉、文化、常識、歴史が絡み合ってくるからそれに慣れていくというのは簡単なものではないですよね。幸運にも僕はユリ君がいるのでわからないことを聞けば教えてもらえるのは本当にありがたいなって。あと、僕は高校を卒業していろいろな所や国をうろうろと生きてきたので、順応性があるのも良かったなって思うところ。

ではそうでなかったら、どうなんだろう?って考えることがあるんですよね。例えば僕のドイツ語の教室にいたほとんどの人は難民としてドイツに来ているわけで。自分で他の国に住みたいからと思ってドイツに来たと言うよりも国が戦争で大変だから逃げてきたという所が理由で。もちろんドイツに知人がいるわけでもないし、だけど子供を抱えて生きていかなきゃいけない。言葉も違えば、習慣も違う国で生きていかなくてはいけない覚悟って半端ないだろうなって。

最近日本に来た移民の人のドキュメンタリー番組を見ることがあってみたのですが。やっぱり難しんだなって思いました。ミャンマーに住むある部族は内戦で政府からの迫害を受け、多くの人が難民となって隣国に逃げたのだそう。そんな中タイに逃げたある一家が8年前に日本に難民として住み始めました。そんな彼らの物語。

日本って移民や難民に厳しい国ってご存知でしたか?2016年にドイツへとシリア難民が数多く来ました、他の国が難民に国境を閉ざす中、それを受け入れたドイツ。その数は26万に。最近は移民にうるさいアメリカもこの年の難民受け入れは2万人を超えています。じゃ日本はっていうと20人。難民が来なかったのではと思われそうですが、難民を申請した人はなんと1万3000人。それで受け入れられたのは20人。ね、厳しい。

そんな移民が少ない中で生きていく移民の人も大変だろうなって。僕のクラスメートたちは他にも同じ国から来た移民の人がいるので、困ったときにはお互いが助け合っている感じだったけど、その母体数が少ない日本になると移民として生きるのが難しいだろうなって。

この一家は両親と3人の子供。子供は8年たった今は大学生、高校生、中学生。高校生のお姉ちゃんと、中学生の妹は完璧な日本語。お兄ちゃんは日本に来たのがティーンになってからなので完璧な日本語ではないんですよね。だけど、一番大変なのはお父さんとお母さん。自分の言いたいことがすらすらと言えるほどではなく、喋れることが出来ないから仕事も喋ることの必要のない清掃のお仕事。

けど、もっと大変なことは家族の中での溝。ミャンマーの生活スタイルに重きを置く両親に比べ、高校生の娘はそんな両親の日本の馴染もうとしない姿をうっとうしく思っているという構図。その間に立たされるのがお兄ちゃん。本当に難しい問題だなって。両親にしてみれば自分の民族習慣を残したい、これも最も。だけど若くして来た娘にとっては日本と言うのが社会のベース。これもわかる。なんとも難しいんだろうと思いながら見ていました。

そんな中、ピクサーの短編アニメがあって。何かそれに通じるものがあるなって思ったのでお裾分けを。

ドイツの冬の楽しみかた

先週末は寒さが厳しかった、ドイツです。僕たちの住むドイツ北部は広い範囲で雪が降りました。気温もグーンと下がってマイナス。寒い寒い寒い。って思っていたのですが、そんな週末にまさかの外での行動をしてきました。

12月の週末はドイツ人は家族や友達と過ごすことが多いのかなって思います。クリスマスの日に家族が集まれないことがあるので、そんな時は12月の週末に会う。特に友達は、12月の週末か大みそかかな。

先々週はアヒルの日で、先週末は友達に会う日でした。僕はドイツにはまだ友達がいないので、ユリ君の友達なんですけどね。今回の友達はユリ君の大親友の2人。D君とT君。大学時代からの友達で、僕ももう何回もあったことがあるんです。大学卒業から10年ほどたって、3人ともそれぞれのパートナーがいて、今回は計6人で。ちなみに、ゲイなのはユリ君だけ。年齢も少しばらつきがあって、一番年下なのがT君の彼女で、多分まだ20代。そして、他の4人が30代半ばで、実は僕が一番年上。だけど、立ち位置的には、ドイツ語もできないし何か弟的な感じかな。それが僕にとっては居心地がいいので、可愛らしい弟キャラで生き抜いています。

今回はブレーメンで集合。なぜかというと、僕は海の田舎に、D君たちは山の田舎に住んでいて、3人が通った大学があるブレーメンという都会の街に残っているのはT君だけなので、都会集合ということに。特にこのクリスマスはクリスマスマーケットが出ているからもあるのです。

去年僕はロンドンに一時帰った時に一人で立ち寄っただけなので、今回のクリスマスマーケットはちょっと違っていました。なんといってもドイツ人とともに、ドイツ流で楽しむというものだから。

クリスマスマーケット、イメージはどうですか?クリスマスの可愛いオーナメントや、クリスマスツリーが売られている感じかな?確かにクリスマスのオーナメントとか、木製の玩具とかを売ってはいるのですが、基本的には食べ物が多い。露店のお店の中に大きな火が焚かれていて、その上には大きな網が回転していて肉が焼かれています。それをパンで包んだものとか、ソーセージがほとんど。それを寒い寒いといいながら、白い息を吐きながら食べるのがどうやらドイツ流。そこでも、ここでも、みんな何かを食べている。もちろん、立ち食い。

そして次に行くのは露店のドリンクバー。ここではビールもあるのですが、殆どの人が飲むのはグルーワイン。ワインをシナモン、オレンジなんかのスパイスで煮込んだ温かな飲み物。これがね、また立ち飲み。それも2-3杯くらい寒い中飲んで、たわいもないおしゃべりをします。だから、ちゃんと防寒をしていくのが基本です。寒さも楽しみにするのがドイツ流なのかなって。

零時になる前に6人で家に帰って、ビールを飲んでその後就寝。大人6人で楽しくクリスマス気分を楽しんできました。

そして次の日は雪が降る中を犬の散歩と称して1時間ほど森の中を散歩。日本だと寒いから家にいるって言うのが基本だけど、ドイツではどうやら寒さは防寒でカバーして、外で楽しむというのがベースのようです。

 

似ているもの

朝から起きて、大掃除。木曜日は掃除の日なので朝から床を掃いて、モップで水拭きをして、棚などの埃を拭いて、鏡も磨いて綺麗なアパート。うん。気持ちがいい、気持ちがいい。あと、今までユリ君がたまに掃除していたお風呂の排水溝もきれいに。今まで開けたことがけど、すぐに排水溝に泣ているのではなくてプラスチックの球状のものがあって、そこに水が流れ込んでごみが溜まるシステムっぽい。これがなかなか汚くてびっくりしました。これからは毎週ここも掃除しよっと。

そうそう、アドベンドカレンダーも今日で13日目。毎日、おいしいマジパンチョコを食べてます。これ、結構な御値段するのか、時にはふたつ入っていたり、一つでも結構な大きさで、おいしさも抜群。2個あるときは1つユリ君にお裾分け。

そして今日の13番目がこれ。

これを見た瞬間、あれ!!って思ったんです。ユリ君が馬に乗ってるって。ユリ君は深い茶色の髪なんですけど、小さい頃は金髪っぽい髪の色だったんですよね。なんだろう、何かが似ている。この姿勢とか。馬に寄りかかっている感じとか。

ユリ君にいているものって本当に沢山あってびっくりします。

この前も書きましたがビックバンセオリーのシェルダン。これに最初に気が付いたのはKちゃん。確かに、頭の回転が速くて、自分の興味がないことはそっぽも向かない。

ピクサーのアニメ。ファインディングドリーに出てくるラッコがユリ君に似ている。これも可愛い。

ユリ君の大好きなスタートレック。その中に出てくる人間とヴァルカン人のハーフ。なんでもヴァルカン人は理論的で感情を持たない星人なので、感情が表に出にくい。端締めてみた時にユリ君に似ているねと言うと、嬉しそうな表情してました。

どうしてでしょうね、こんなに似ているのが増えるのって。ミニの時もそうだったけど、ミニにもたくさん似ているキャラクターが多くて。これからもユリ君に似たキャラクターが増えていくのかな。

僕はどうなんだろう?キャラクターとしたら何かな?

アヒルの日

寒さが厳しくなってきましたね。日本も雪が積もっていたりと、大変ですよね。ドイツ北西部は標高が高くないので緯度はかなり高いのですが、雪が積もることがあまりないんですけどね。ただ、寒さが沁みます。

週末はドイツは少し嵐のような天気で、風も強くて雨も結構降りました。困った困った。ただ、週末は家にはいなくて出かけていたんですよね。12月のこの時期に週末のお出かけと言えば、ユリ君家毎年恒例のアヒルの日。

このアヒルの日、毎年クリスマスの前に家族で集まって字の通り、アヒルを食べる日なんですね。ヨーロッパでクリスマスと言えば、家族の集まる日。では、それをクリスマス前にするなんて、、、。って話なんですけど、これは家族事情というのか。大きな家族で、ユリ君の姉妹も結婚している人が多くてそれぞれの家族があって、それぞれのクリスマスがあるのでクリスマスは忙しい。それなら、クリスマス前に家族で1回集まる行事をと設けられたのが、このアヒルの日。

今回はユリ君の家族12人が集合。本当は14人だったのですが、2人は気分が悪いので不参加。それでもね、12人って多いですよね。お義母さん料理だけでも大変だろうなと。

メニューはタイ風のスープから始まってサラダ、そしてメインのアヒルの丸焼きにグレービー、キジをソースでソースで煮たもの。サイドもあってお腹はいっぱい。もう食べれないって思うけど、止められずに食べちゃうんですよね。お義母さんの料理美味しすぎる。ごちそうになりました。

実は僕たちはクリスマスにまた来るんですがね。だから、また美味しごちそうにありつけれるので今から楽しみなのですが。それで今年のクリスマスはユリ君の両親、僕たち、そしてユリ君のお兄ちゃんと5人だけのクリスマス。いつもとは違った静かなクリスマスになりそうです。

昨日の夜、帰ってきたんですが、帰ってきたら一気に疲れが。もちろん、楽しかった週末だったんですよ。みんな優しいし、おいしいものも食べれたし。だけど、やっぱりどこかで気を張っているんでしょうね。ほとんどの会話がドイツ語の中でかなりの集中力を使っていたんでしょうね、家に着いた時にはもう、眠い。眠い。眠い。どうやら僕の脳はかなりこの週末で疲れたようです。

あと、面白い本をお義母さんがくれました。これ、子供用で文字とともに色々な絵文字があるでしょ?これが新しい単語で、繰り返し繰り返し読むことで単語を覚えるというもの。本当にありがたい。

今日から思う、2019

太陽はもう、さよなら。朝からずっと曇り空というか薄い霧が1日中、町の中を覆っている状態。何かおとぎ話の悪いことが起きそうな雰囲気。ただ、曇り空の日は気温も下がりすぎないのは有難いかな。

そんな日は家の中にいます。それのお供になるのは、ローフケーキ。最近、お菓子作りをしていなかったので何かをしようと昨日始めたわけなんです。ただ、ユリ君はクリームたっぷりとか、チョコレートたっぷりというケーキなどは食べないので、あまり甘すぎなくて、シンプルなものだと食べるだろうなと思ってローフケーキ。そして、あまり具を多くしてもなので、シンプルにバナナ。これを焼いて、今日はその一切れを食べながらこの記事を書いています。

このケーキ、しっとりとして美味しい。バナナの味はそこまで強くはなくて、ふうわり味わえる甘さ。紅茶とともに食べています。1日の幸せな時間。ユリ君は昨日、一切れ食べたけど今日はどうかな?

あと、今日はユリ君が仕事から帰ってきたら自営業の最終申請に行こうかと思っています。昨日の夜に申請書類に記入は終わったので、あとは認めてもらえるだけなのかなと思っているのですが。どうなのかな?

ここ最近は英語の先生になるための教材探し、教材づくり、あとは自分の英語のブラッシュアップをやっているところです。あー、楽しみ。

楽しみと言えばこれ。

どうかな?わかるかな、、、。僕のブログを読んでいる人は、年末のこの時期にこの写真だとピンと来る人もいるのではないでしょうか。これ、来年の日記帳なんですよね。

もう長いこと書いている日記。きっかけはロンドンに引っ越した時なので2006年かな?それから毎年書いていて、その年ごとに新しい日記帳を買う。今まではPaperchaseという、たぶんイギリスの会社で素敵な文房具をそろえている会社なんですよね。それで、この7-8年はここの、ちょっと高そうな本づくりの日記を使っていたのです。今年もそれをイギリスで飼おうかなって思ってウェブを見たら、、、、。ない。ない、、、。ない!!

そう、今まで使っていたスタイルの日記がなくなっている。昨年はあんなにもあった種類が、一つもない。。。

それからドイツのアマゾンで探すも、日記ってあんまりないんですよね。どうなんだろう、もう書く人が少ないのかな?あー、今年はもう普通のノートに書くか。けど、味気ないな、、、、。って思っていったんウェブ検索を終了。

そして次の日、なんともなくウェブを見たら見つけちゃった!!それがこれ。A5サイズで1日1ページ。ちょっと書く行数は多いけれど頑張ろっと。

 

実は星の王子様エディションなんですよね。このシンプルだけど、ユニークなデザインが気に入って今から来年が来るのが待ち遠しいです。

変わるもの、その中に生きるもの

あれ、雨の予報だったのに。なぜか、太陽が顔を出している。こんなことなら昨日、洗濯も、買い物にも行かなくてよかったじゃんって思うのですが。けど、昨日は本当に気持ちの良い冬の空で、あれはあれでよかったなって。

温度も低かったのですがダウンジャケットを着ていたので、帰り道は少し暑く感じるほど。冷たい空気は肺に気持ちいいし、キラキラ光る太陽の光は肌に気持ちいいしで、往復40分の道のりもあっという間でした。

そうそう、最近は学校もないし、寒いので出かけるのが億劫だったので見知らぬ人に挨拶されることが少なかったのですが、スーパーからの帰りが学校の帰り時間と重なって、ハローって挨拶されました。

良く挨拶をしてくれるのは小さな子供が多いのですが、今回はローティーンか12歳ぐらいかな?一人で自転車に乗っていて、結構体も大きい感じの子で。アラブ系なのかな?褐色の肌の子で、向かい側から来ていたんですよね。するとすれ違いざまに、にっこり笑って挨拶されました。反抗期の雰囲気も、恥ずかしがる雰囲気もなく、素直な笑顔とあいさつで、こんな純粋な子もいるんだなってかわいく思えました。

いいですね。こうやって見ず知らずの人から挨拶されるのも。

僕の子供のころはかなり挨拶魔だったなって思います。東京とか大阪などの大都市で子供時代を過ごすと、知らない人に挨拶したら気味悪がられるでしょうが人口1万人の町では挨拶はしないとダメだったんですよね。「挨拶運動」というものがあったりで、登校中に出会う人には元気に挨拶をしましょうというのが鉄則でした。それだから、今でも阿蘇に帰ると知らない人でも挨拶します。向こうはびっくりしているときがあったりしますが、おじいちゃんおばあちゃん世代はこの突然の挨拶にも受け答えが早い。「あら、車も使わずにえらいわね。」、「あなたはどこの家の子かい?」と様々な変化球の答えが返ってくるのは面白いなって。

けど、これって育ったところで変わってきますよ。これはもちろん時代を含めて。

何か最近思うことがあって、家族だからって見て着た景色は違うなっていう事。もちろん、一緒に時間を過ごしてきた時間は似たような経験をしているのでしょうが、それでも家族の中でも価値観は1人1人違うので同じ時間を過ごしてもちょっとは変わってくるわけで。

けど今回は、僕の祖父母と親が子供だった頃の時代について。もちろん、子供のころに聞かせられた話が合って、そこから想像はできるわけですよね。そっか、こんな感じだったんだろうなって。けど、そこにはどうしても自分の子供時代のイメージから湧いてきた想像でしかないので僕の価値観から生まれる想像図でしかなくて。

けど、本当はそこに時代背景とか、政治の状況、経済状況も加味されたり、その頃の子供への教育方針も違っているわけですよね。僕の祖父母は戦争中に学校に行っていて貧しさと辛抱の中で育って、僕の父母は経済高度成長期に教育を受けて、勢いがある日本で育ってきて。僕が小学校の時にバブルがはじけたので、僕はなんとなく暗い日本社会の中で育ったわけで。

そんなことを考えると、映画を見るのが面白いなって。特にジブリとかのアニメはいいですよね。僕の子供時代は「耳をすませば」が代弁してくれて、母や父の子供時代は「コクリコ坂から」がちょうどいいころ。祖父母のころは「火垂るの墓」。この時代に子供時代を僕の家族が過ごしたんだなって思うと少しだけ、今まで僕が持っていた家族の子供時代の想像図が変わってきて興味深いんですよね。

そんなこともあって、最近昔の日本の姿を見るのが好きなんです。例えば、100年前の日本。

たった、100年前ですよ。それなのにその町の姿は全くをもって別物。驚くくらいに。だって東京なのに高い建物なんてないんです。ほとんどの人が着物を普段着で着て、道に車はほとんど走っていなくて路面電車と徒歩の人が多数。荷車なんてのもよく映ってます。全く別世界の日本。こんなに風景は変わってしまうのだなって、映像をもって見ると感じます。

あと好きなのが、60年代の日本の典型的な家の1日を映した映像。これが、僕の両親が子供時代の風景なのかと思うと本当に興味深い。そしてこの中には、僕の子供時代も見たことがある物が出てくるのも楽しんですよね。

この二つどちらもユーチューブで見れるので探してみてくださいね。

これからが始まりかな

太陽が朝から差し込んで素敵な朝。どうやら明日も晴れた天気になるので、うきうき。明日は洗濯をして、20分ほど離れたスーパーへ買い物へ行こうと考えています。って思って今、天気予報を見たらいつの間にかに明日は雨の予報。あれ、昨日までは晴れだったのに、、、。じゃ、今日、行かなきゃなー。メニューを考えなきゃなと、急遽、僕の頭は忙しく働いています。あ、洗濯物もじゃ、今日しなきゃ。ちょっと、まわしてきます。

ふー。洗濯機をまわしてきました。これでどうにかなるでしょ。

そうそう。最近はすることが多いんです。ケータイを買い替えて、番号も変わってそれに順応するのに時間がかかったり、クリスマスの準備をしたり、そしてフリーの仕事を始めるので、その書類を書いたり。フリーのフォトグラファーとしてドイツでも頑張っていこうと登録をしに先週、役所に行ってきたんですね。

ドイツってルールでがっしり固められているのですよね。今回訪れたのは役所の分所のようなところで小さなオフィス。ドイツ語は僕一人では対応できないのでユリ君が同行してくれました。そこで、フリーのフォトグラファーになりたいというと、、、、「うーん。フォトグラファーは確か、保護すべき仕事の一つじゃなかったかしら、、、、。」って言われて。なんだ、保護されなきゃいけない仕事とは?って思ったのですが、どうやらある種の仕事は誰でも名乗ってなれるものではないだそう。例えば、パン屋さんとか。その中にフォトグラファーが入っているのではないかということなんです。この囲いに入ると、まずは弟子入りして、試験を受けて合格しないとその仕事をすることができないという事。そうだとしたら、僕はいつフォトグラファーになれるんだと途方にくれたのですが。

オフィスの人が言うにはその手続きはここでは出来ないから、大きな役所でしなきゃいけないといわれました。まずは記入書類だけもらって、あとは電話で大きな役所に相談を。もちろんユリ君が聞いてくれたんです。ラッキーなことに昔はフォトグラファーもこの「保護職業」になっていたのですが今では問題なく僕でもフリーになれるのだそう。一安心。一昨日、その手続きを終わったという書類が届きました。あとは、またあの分所に戻って違う手続きをすれば個人事業者として仕事をスタートできるわけです。

あと、覚えていらっしゃいますか?僕が最終面接を受けるって話。その結果が来ました。

無事に合格しました。これでまた、新しいお仕事を始めていきます。けどね、これ写真の仕事とは関係なくって。

じゃ、なんだ?って話なんですけど。

僕も考えたんです。すぐには写真の仕事が来るわけもないしな、だけどただ仕事を待っているだけでもしょうがない。じゃ、どうしよう?何か出来ることがないのかなって考えていてウェブで探していたら、見つけちゃったんです。

オンラインで英語の先生をする仕事。しかも、その会社が今、講師を探しているという事。これは!運命だ!!と思って応募しました。

そして、書類審査、映像審査、そして最後の模擬授業を終えて、この度、英語教師に雇ってもらえることになりました。

まだ、ドイツでの個人事業の登録が終わっていないのと、12月の終わりはユリ君の両親の家に行ったり、1月にはスキー旅行もあるので先生と活動し始めるのは1月半ばからにしてもらいました。今は、その準備をしているところです。

新しいことをするのは楽しいですよね。あー、どんな生徒と出会えるのでしょうか?今から楽しみ。

 

冬の日本料理を考えてみて

さて、週末が終わってまた、月曜日ですね。しかも暦が12月に。2018年、残り一ヶ月もないということに驚きます。

週末はユリ君の調子が冴えなくて咳ばかりをしていたのですが、僕の髪が伸びすぎているからと切ってくれました。これでユリ君が僕の髪の毛を切るのは2回目かな?かなり短くなってビックリなのですが、髪もいつかは伸びるのでしょうがないかなと。ユリ君が多分悪いんじゃなくて最近生え際があがって来てるように思うんですよね。サイドも寂しい感じだし、もう短いのは無理なのかも。これも年ですね、、、。ってちょっとしんみり。

そうそう。ユリ君からアドベントカレンダーをもらいました。これは、大きな箱で、その上にクリスマスなどのこの時季の絵が描いてあって、そこには小さな扉が。その扉には番号書きされてあり、12月1日からクリスマスまでその日の扉を開けるというもの。おもちゃや、お菓子などがほとんどですが、大人用にジュエリーだったり、靴下だったりするものもあるようです。

ユリ君がくれたのはレトロなドイツの町が描かれた絵のアドベントカレンダー。ドイツでは有名なマジパン菓子の老舗のもの。マジパン好きのユリ君ならではのチョイス。もしかしたら自分が食べたいのではと思い、一つ上げようとしましたが拒否されました。これはあくまでもTakのだからって。なので、今日で3つ目のマジパンを食べたところ。しかも嬉しいことにこれ、クリスマスで終わらないのです。なんと来年のお正月まで続く少し長めのアドベントカレンダー。日本だとクリスマスよりもお正月のほうが盛大でしょ?だから、お正月まで続いてくれるのは嬉しいな。

最近は寒いのでスープだとか、オーブンで焼いた熱々の夕飯が続いています。昨日はユリ君があまり調子がよくないからというので、健康的な夕飯がいいとのリクエスト。なので、レンティル豆がたくさん入った、スープを短いパスタで一緒に煮たものに。今日の夕飯は豚肉、クルミ、リンゴを炊きあがったご飯とともに混ぜ合わせる、ちょっと不思議な混ぜご飯を作る予定。

いつもそうなんですけど、特に冬は日本の料理が美味しいもの揃いで、羨ましい。おでん、、、、。って考えて多分、僕はおでんが食べたいんだと。鍋はそこまでかな、、、あ、けどキムチ鍋はおいしい。冬の料理かはわからないけど、御節もおいしいし。って考えて、すぐに冬の料理が出てこない僕。これも海外生活が長い弊害。何となく雰囲気が好きなのかも、日本の冬の。

けど、気になるなと思って調べてみました。日本を代表する冬の料理。

って調べてみたけど、あんまり納得できる答えが見つかりませんでした。探したウェブサイトが悪かったのかな?たくさんの鍋はあったけど、鍋は総合して1つでしょ。そのほかにあったのが、焼き芋、雪見大福、たこ焼きにモツ煮と出てくるはいろんなものが。

中には納得するものも。お汁粉。これは確かに冬がいい。数の子、これも冬というかお正月感満載。ふろふき大根。これも素敵。赤味噌と食べたいな。

多分僕がこんなにも冬の日本食に憧れているのは、今おでんがものすごく食べたいこともあるけれど、僕の思い描く冬の家庭のイメージではないかなって。オアk族が温かな食卓で一緒に大きな鍋を囲んで食べている絵図。その後は、こたつの中でみんなでミカンでも食べながらテレビを見ている風景。そんなこたつの上にはおばあちゃんが広告から作ったミカンの皮入れようのいれもの。

そっか、そうなんだ。僕が恋しいのは日本の冬の食べ物というよりかは、その雰囲気なんだ。うん。合点がいった。