晩秋のくじゅう山

朝の9時前だというのにリビングに差し込んでくる光の量は少なく、薄暗い。こんな時に冬がもうまじかに迫っているんだなと感じられずにはいられません。今まで、部屋の明かりなんていらなかったのにね。自然光が好きな僕としては少しだけ残念。外の天候も風が強く、雨が横殴りに降っていて今日は穏やかに家の中で過ごしたほうがよさそうですね。

晩秋って言葉がありますよね。文字のごとく秋の晩、終わりという意味ですが、この言葉ってどうしてこうも哀愁を感じるんでしょうね。

そういえば高校生の頃にビデオ屋さんに晩秋って映画があったよなと思って調べてみたら、89年制作のアメリカ映画で、スピルバーグが監督をした作品。両親の介護をするために帰郷した仕事日筋の男と、その両親の物語だそうです。多分僕はこの映画見ていないと思うんですよね。けど、面白かったのが原題”DAD“(親父)。これは絶対に邦題のほうが雰囲気がありますよね。晩秋が人生の終わりを表したりをもするから、この晩秋と言う言葉にもの悲しさを感じてしまうのでしょうか。

確かにこの時期に山を彩る紅葉も、葉の最後の変身ですもんね。温度差があればあるほど色が変わる、その自然の美。

そんな紅葉を実は少しだけ今回の日本滞在で見ることができたんです。幸運にも。

10月の終わり、僕とユリ君は僕の故郷である阿蘇のいました。特に何をするわけでなく、散歩に行ったり、僕の子供のころのアルバムを見たりと、ゆったりとした時間を過ごしていたんですね。そんな時にトレッキング好きのユリ君のことを知っていた父が、”くじゅうに登らないか?”と誘ってくれました。もちろん、承諾。

くじゅう連山は阿蘇からも近く、隣の大分県にある山々です。九州本土ではここの中岳山頂が一番高く標高が1791m。天気も上々で、母に3人分のおにぎりを昼ごはんとして作ってもらって出発。

標高の高いくじゅうの山では10月の終わりにもかからわず木の葉が色づき始めていました。ただ、登山をするにしては半袖で問題ない気温でもありました。

最初はコンクリートの登りで、”これは嫌だね。”ってユリ君と話していたのですが、途中からコンクリートもなくなって土と岩の道に。標高が上がるにつれて景色も開けてきます。

ね、あちらこちらにオレンジや赤、黄色の色が。手前のもう葉がない低木とのコントラストも素敵ですよね。そして、登山道はだんだんと厳しさを増していきます。

 

そうそう。途中で僕たち3人ではなく、ひとり仲間が加わりました。フィンランドの女性。なんでも日本を3週間一人旅。この時は旅の終わりで、あと数日後にはフィンランドに戻るとの事。せっかくだからとその後下山するまで一緒に行動をする事に。登山をしてると挨拶をすることが多いので、時に物凄く仲良くなれたりしますよね。今回も、そんな例のひとつ。

真ん中にいるのは僕の父です。60歳過ぎとは思えない体力で、僕たちの一番前にたって歩いてくれました。後ろを見てもらえれば分かるように、この時は雲が多くなって来ていたんですよね。本当に山の天気とは変わりやすいものです。フィンランドのか彼女は軽装でしょ?登山をするつもりではなかったのだけど、天気も良かったし急に登りたくなったのだとか。カモシカのように跳ねるように岩の道を登っていきます。

雲が近くにあるとものすごく幻想的な景色になりますよね。幸運なことに雲がすべてを覆うことはなく、中岳に着いた時にはまだ景色がよくここで昼食をとることに。やっぱり、おにぎり。これが最高ですよね。僕の一番好きな具は梅干しです。

くじゅうは連山なので一つ登って終わりと言うわけではなく、隣の山、そしてまた隣と行くことができるんですよね。調べてみるとどうやら10個。そんなにもいけないので今回は2つだけに。それでもかなりの距離を歩きました。

まだ残り8。次回の日本への帰国の際にはユリ君の両親をも誘って再度挑戦しようかと思っています。トレッキングって本当に面白いですよね。

 

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