国が変われば

さてさて、真冬のドイツ。本当に暗い、、、。朝起きても今は9時をすぎても薄暗いし、今も何となく暗い午後の3時。あ1時間もすれば暗闇の中にまた戻っていきます。この季節はまだクリスマスを待つ時期なので気分的には明るいのですが、問題なのはお正月過ぎてから3月の半ばまでの間なんですよね。どうにか乗り切れるかな、今年も。

ヨーロッパの冬は本当に暗いんですよね。日本でも冬は暗いよって言われそうですが、半端なく暗い。この季節にうつ病を起こしやすい時期でもあるんです。僕も最初の年にはやられました。酷いものではないけれど、なんとなく悲しくなったり、やる気が出なかったり。出るのはため息ばっかりと言った感じで。これがヨーロッパの冬の洗礼かと思いました。それが2006年だから、今年でヨーロッパで迎える冬も12回目になるんですね。早いなー。

毎年慣れてきている感じはあるし、暗いなら家の中をロウソクの穏やかな光や、包まれると心地よい毛布にくるまって好きな映画を見たりと、暗闇や寒さを楽しむようにしています。

新しい国に来るとやっぱり母国にいた時とは違ったことが多くてびっくりしますよね。冬の暗さとか、太陽の位置が夏でもそんなに高くならないとか、これって現地に住まないとわからないことで。そしてこれはただ単純に地理的なもの。それにプラスして、言葉、文化、常識、歴史が絡み合ってくるからそれに慣れていくというのは簡単なものではないですよね。幸運にも僕はユリ君がいるのでわからないことを聞けば教えてもらえるのは本当にありがたいなって。あと、僕は高校を卒業していろいろな所や国をうろうろと生きてきたので、順応性があるのも良かったなって思うところ。

ではそうでなかったら、どうなんだろう?って考えることがあるんですよね。例えば僕のドイツ語の教室にいたほとんどの人は難民としてドイツに来ているわけで。自分で他の国に住みたいからと思ってドイツに来たと言うよりも国が戦争で大変だから逃げてきたという所が理由で。もちろんドイツに知人がいるわけでもないし、だけど子供を抱えて生きていかなきゃいけない。言葉も違えば、習慣も違う国で生きていかなくてはいけない覚悟って半端ないだろうなって。

最近日本に来た移民の人のドキュメンタリー番組を見ることがあってみたのですが。やっぱり難しんだなって思いました。ミャンマーに住むある部族は内戦で政府からの迫害を受け、多くの人が難民となって隣国に逃げたのだそう。そんな中タイに逃げたある一家が8年前に日本に難民として住み始めました。そんな彼らの物語。

日本って移民や難民に厳しい国ってご存知でしたか?2016年にドイツへとシリア難民が数多く来ました、他の国が難民に国境を閉ざす中、それを受け入れたドイツ。その数は26万に。最近は移民にうるさいアメリカもこの年の難民受け入れは2万人を超えています。じゃ日本はっていうと20人。難民が来なかったのではと思われそうですが、難民を申請した人はなんと1万3000人。それで受け入れられたのは20人。ね、厳しい。

そんな移民が少ない中で生きていく移民の人も大変だろうなって。僕のクラスメートたちは他にも同じ国から来た移民の人がいるので、困ったときにはお互いが助け合っている感じだったけど、その母体数が少ない日本になると移民として生きるのが難しいだろうなって。

この一家は両親と3人の子供。子供は8年たった今は大学生、高校生、中学生。高校生のお姉ちゃんと、中学生の妹は完璧な日本語。お兄ちゃんは日本に来たのがティーンになってからなので完璧な日本語ではないんですよね。だけど、一番大変なのはお父さんとお母さん。自分の言いたいことがすらすらと言えるほどではなく、喋れることが出来ないから仕事も喋ることの必要のない清掃のお仕事。

けど、もっと大変なことは家族の中での溝。ミャンマーの生活スタイルに重きを置く両親に比べ、高校生の娘はそんな両親の日本の馴染もうとしない姿をうっとうしく思っているという構図。その間に立たされるのがお兄ちゃん。本当に難しい問題だなって。両親にしてみれば自分の民族習慣を残したい、これも最も。だけど若くして来た娘にとっては日本と言うのが社会のベース。これもわかる。なんとも難しいんだろうと思いながら見ていました。

そんな中、ピクサーの短編アニメがあって。何かそれに通じるものがあるなって思ったのでお裾分けを。

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