何はともあれ、全ては自分から

皆さん、お元気に過ごしていらっしゃいますか?ドイツはこの季節は夕暮れを迎える時間が遅いです。夜の9時半でもまだ明るさが残っているそんな季節なんですよね。日本に住んでいる人にとってはびっくりかもしれませんが、この日没あと一ヶ月は遅くなります。そして、夏至の日からヨーロッパの人たちは心の片隅に「冬への準備」のサインが小さく灯るのも事実。日本は夏至の頃は梅雨真っただ中でまだ夏前という雰囲気なので世界も住む国が変われば考えることも変わってきますよね。

僕は6月の下旬生まれで、学校の誕生日カードにはいつも雨、カエル、長靴や傘の絵がのっていました。何となくじめりとした物憂げな季節。そんな空模様を6月終わりでは日本人は想像しますよね。

ところが、ヨーロッパには梅雨が6月にはなく、しかも1日で日照時間が1番長いのが6月の下旬。この頃は天気も悪くなく太陽の日差しも気持ちがいいから僕の誕生日は余裕で「夏の子」というイメージ。

この違いって大きいですよね。なのでヨーロッパに住み始めてから「ジメジメっ子」から「夏っ子」に乗り換えれた感じがあって嬉しいです。もし自分の誕生日の月に「いやだなー」と思う人がいたら世界のどこかではその誕生日月のイメージは、あなたのイメージとは違った景色かもしれませんよ。そう、南半球を考えれば真逆の季節なので自分の好きなイメージのものを勝手に選んでも問題なさそうですよね。。

すべては自分が穏やかで、幸せでいられるのであればそれでいいではないですか。

心穏やかに生きるのって、どうですか?難しくなっていません?僕も何も悲しくなる理由がないはずなのに何か落ち込んでしまったり、悲しかったりするときが時にあるんですよね。「なぜ?」って考えてみました。理由もないで悲しいっておかしいですもんね。それで気がついたんです。「あ、これちょっと前に見たニュースの女性が泣いて自分の経験を語っている雰囲気が感染してるなって。」

僕には死んだ人間が見えるとか、オーラを感じるとかの能力はないです。もちろん。けれど、僕たち人間って実は人の感情を伝染しやすい生き物なのかもしれないなって思うんです。ほら、自分の事でないのに嬉しくなったり、もらい泣きしたりすることってあるでしょう?あれって感情が伝染をしているのではないかと考えてみるとどうでしょう?ありそうな気がしません。

では、感染すると仮定してみると、確かに突然に自分の気分が今までと変わる時って他人のニュースに触れた時だと思うです。

僕が思うに、感情の感染って、ポジティブもネガティブをあると思うんですけれど、ネガティブの方がどうやら簡単に移りやすいみたい。

なぜかというとポジティブな他人のニュースは時に転覆が起きてしまうから。「転覆」っていったいどういう事?って思われてます?では例をあげますね。

インスタグラムで様々な人の写真やストーリーを見ている時に「嫉妬」とか、「自分の人生とのこの差はいった何なんだ!」なんて思ったことありませんか?

インスタグラムには基本的にはみんなが楽しい瞬間の時の写真や動画を載せていますよね。という事はポジティブが感染をするのであれば、幸せそうな姿を見れば自分も幸せになるはず。だけど、このようならないのは自分とその人の生活の充実感や、社会的地位の格差を比較してそれに引け目を感じているからなのではないでしょうか。つまりは、今の自分自身に納得できていない。

このような時にこのポジティブな感情がネガティブな感情へと変わってしまう転覆が起こってしまうように思うのです。

そんな時にはそんな情報は遮断してしまいましょう。別に他人がどこかで美味しいご飯を食べていようとも、豪華なホテルに滞在していようとも、あなたの人生がその出来事で変わることはないのですから。まずは、自分の心の余裕をもってそれから、他人の幸せ自慢を見ても心はそこまで揺らぎませんよね。

テレビやネットのニュースも同じ事。自分の心に余裕がないのに他人の悲しい話や辛い話は受け入れるのは辛すぎます。少しでも気分が重い時は何も社会のニュースには触れずに自分の生活にフォーカスを当てる。これが1番です。

最近はどのメディアもいかにアクセス数や視聴率を取るかで必死でその内容というものが過激でしかないように思うのです。「これを食べると癌なりやすい」とか、「大地震や大津波はいつ起きてもおかしくはない」とか、「斜陽の国、日本」のようなものばかりで、これを見ないとないか大切なことを見逃してしまうのではないかと言う様な不安をあおるものばかりですよね。しかもそれが1回で終わらずに数回の特集だったり、「続きはまた明日」という中途半端な所で終わってしまう。

こうなれば、「次回も見なきゃ!」というのが普通で、特に不安症の日本人の人にとってはこのような不安を煽る内容って引き付けられるので視聴率も取りやすいのでしょうね。だから、このような謳い文句が良く溢れているように思います。

けど、このようなニュースの怖いのはその内容もさることながら見た後の不安な気持ち。見る前はそこまで不安を持っていなかったのに終わった後は「もしかしたら私の人生、上手くいかないのかも」なんて思いに駆られてドンドン落ち込んでしまうってませんか?これは多分、しょうがないんですよね。脳は「今、現実の不安」と」起きてないけれどももし起きたらという妄想の不安」を区別できていないのではないかと思うからです。ですので今は何も起きていないにもかかわらず不安は本当の事のように大きくなって、そうなると何となく生きることに意味を感じずに無気力で、やる気もなく、気が滅入ってくる。けれどそんな落ち込んだ気分にどうしてなるのかハッキリした理由もないから「この生きている世界がどうしようもなく悪いからだ。」とか、「私の人生が無意味だから。」なんて言う結論に至ってしまう。これって怖いことですよね。本当はただ一方的に与えられたマスメディアのある意味で作り出された不安に飲み込まれて、自分の人生が不安定だと感じてしまっているという事なのですから。

だから、自分の心に余裕がない時には、ニュースも見る必要なんてないんです。たかが1,2日見なくたって世界が終わることはないし、自分の生活だって一気に180度変わるという事もほぼないでしょうから。だからまずは、他人の事よりも自分の事。

自分自身のニュースに耳を傾けあげましょう。

「自分自身のニュースはではそうやって聞くのか?」そんなことを思っている人はいませんか?かなり自分のニュースを聞いていなかった証拠ではないでしょうか。けど、ご心配には及びません。自分のニュースは意外と簡単に聞くことができます。

例えば自分の体が訴えているニュースのサインを聞いてみる。

まずはゆっくりと目を閉じてみて自分の全身に耳を傾けましょう。頭の先から、顔、そして肩。次は腕や胸周り、そしてお腹に移ったら次は腰と足の付け根。そして足全体を降りて行って最後は足。

どうですか?痛い所や動かすと硬い所がありませんか?多分そこは何らかの無理をして体がSOSの信号をあげているところです。でうすのでまずはなぜ痛み、または違和感を感じるのかを考えてみましょう。そしてその次にその痛みや違和感を緩和できる方法がないのかを考えてみて、答えが出たらそれを実行に移してあげましょう。これこそが自分のニュースを聞くという事だと僕は思います。

これはもちろん、肉体的なものだけでなく、感情的なものでも同じです。最近、イライラする時が多いとか、何となく気分が沈んでしまう。そんな時は、その気持ちはどんな時に、または何をした時に起きるのかを考えて、そして自分はどうしてそのような考えを持ってしまうのかという所を考えてみてみると良いかもしれません。

僕が思いますに人間というのは実はとても繊細なつくりで、いつもどこかが壊れてしまっていると思うんです。だからその体を動かしている僕たち自身がちゃんとその体や感情にしっかりと目を配らせて壊れているところ、または弱っているところに気がついて何らかの処置をする。これこそが大切なことだと思います。

それができて、少し自分の心の中に余裕ができてからでも日本のニュースや、世界のニュースに自分自身の身を投じるのは遅くないと思うのです。

ですので、まずは自分のニュースに耳を傾けて、自分の心の安定を持とうではありませんか。そこからが世界を見る始めの第1歩となるように僕は思います。

このことをお話としてYouTubeの動画にもしています。バルコニーガーデンの種まきの様子と共にお楽しみください。

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