ファッションは自分と世間の境界線なのか、それとも真逆なのか

最近、髪の毛のセットが決まらなくいて悩んでいるんですよね。長年僕のブログを読んでくれている人はご存知の通り、ミニが僕の専属髪切り屋さんなので遠く離れている今、誰が僕の髪を切ってくれるのかと言う話。再三、ユリ君に髪切ってみないってミニが専属になったように今度はユリ君を僕の髪切り屋さんに育てようとしているのですがなかなか首を縦に振ってくれないんですよね。だけど、最近のぼさぼさ感がユリ君も気になるのか、”髪伸びすぎだね。どうする?”って聞いてくるので今週あたり再度おねがいしてみよっかなと考え中です。僕のポリシーではないんだけど、髪を切ってもらうからには文句は言わないって決めてるんですよね。”ここをもう少し短くして。”と言う事は言いますが、決して”この髪型ダメ。”と言う事は言いません。そこはね、分け前てます。だから、ユリ君お願いします。

 

髪型も洋服も時代によって変わりますよね。高校までは髪をおろしていたんですが。アメリカに行ってからずっと短い髪でジェルで整髪をするスタイルを保っていたのですが生え際も上がってくるし、新しい髪形が僕にも必要なのかなって思案中。せっかくなら似合う髪型で街を歩きたいですもんね。小学校の時以来のツーブロックにしよっかな、、、。

洋服はね、買い足さなくても十分に今まで生きてきた分の年数分服があるので問題ないかと。そうなんです。物持ちがいいタイプで、いまきているTシャツも考えてみたらサンフランシスコにいたときに買ったものだから16年ぐらい着ていることになります。襟も伸びていないし、虫食いもなし、またメンズって流行り廃りがあまりないのでそこも長く着れる要因かと思います。

最近あるドラマを見ていて、”ファッションて大事だよね。自分と言うものをある意味で世間に見せつけるものかもな。”って思ったんですよね。このドラマ、アマゾンのオリジナル作品。なので、日本のアマゾンでも見れると思うんです。ちょっと待ってくださいね。調べます、、、、。

見れます!!と言う事は世界中のアマゾンで見れるのかな。タイトルはマーベラス・ミセス・メイゼル。英語題もそのままです。

このドラマは50年代のマンハッタンが舞台。ミッジ・メイゼルはユダヤ人の中流階級の上部の両親(父が大学の数学教授で、母は専業主婦)に育てられ、今は階は違うも同じマンハッタンのアパートに住んでいます。ミッジも母と同様に専業主婦で夫と子供2人の誰もがうらやむ幸せ家庭の象徴的な生活を送っていました。そんな彼女に転機が。ひょんなことからスタンドアップコメディアンを目指すことに。

このドラマはまだシーズン1しか作られていなくて、8話だけ。だからすぐに見れちゃう、だけどそんなに早く見るともったいないというジレンマにかられながら1週間もたたないうちに見終わってしまいました。見終わって感じるのが不思議な幸福感。地上からわずか3cm上を浮いているそんな気分にさせてくれるドラマなんです。

1番最初に気になるのが50年代のファッション。これがお洒落すぎて。肩のラインを作っていないサテン生地のような真っ赤なコートや、スカートの部分がふわりと膨らみ気味でウェスト部分がきっちり絞られた紺のワンピース、それに合わせられたネッカチーフ、飾り付きの背の高い帽子、男性のファッションも素敵なんですよね。薄いグレーのツイードのブレザーとか。ファッションだけでなく家具ももちろん50年代。カラフルな色彩がこのドラマを明るく彩っているのは間違いありません。

ミッジのキャラクターはもちろん脇を固める登場人物も一癖も二癖もあって好きにならずにはいられません。ミッジの両親。僕らの関係で言うと感情的で考えすぎな母ローズは僕で、堅物で風変わりな父親エイブはユリ君。男性によく間違えられる、言動も服装も男性的なスージー。すべてのキャラクターがチャーミングでシニカルで、何となく自分を映し出していたりして見入ってしまうんです。

いつもの日常をほんの少しカラフルに、笑いあるものにしたいのならぜひおすすめします。人生って悪くないものかもって思わせてくれるドラマシリーズです。

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