大人の絵本の勧め

木枯らしが、寒い。昨日はユリ君と外へ行くことがあって、出かけたら風が冷たい、冷たい。冷たい強めの風に吹かれて道は彼はでいっぱいです。もう冬。けどそうですよね、11月も早いものでもう後半。12月は目の前。これもしょうがない。さて、用事ついでにスーパーへ買い物へと行ったんですが、ユリ君が珍しくコーラをボトルで買ったんです。

ユリ君はコーヒーも、お茶も飲まないし、もちろんアルコールも飲まない。飲むのは水と、友達にのみに行ったらコーラ。だからコーラを飲むことは違和感ないんですけれど、買うとなるとびっくり。今までお客さんが来るとき以外にユリ君がコーラを買ったことがないので。僕としてhあ、そんな時もあるよなって思って何も言わずにいたのです。そしたら帰り道に、「今日コーラ買ったでしょ?」って聞いてくるの「そうだね、珍しいね。」って言うと、「ほら、今週金曜日はブラックフライデーだから。いい条件の品物は真夜中にすぐになくなっちゃうからさ。そうなると夜遅くまで起きておかなきゃいけないでしょ。そのため。」

いやーーー。かわいい。夜遅くまで起きるためにカフェイン入りのコーラを買うなんて。もう、クリスマスにサンタさんの姿を見るまで寝ないぞって決め込む子供みたいじゃないですか。こういう所が好きだなって思います。

って、のろけられてもね。笑

どうですか?子供のころサンタさん信じていましたか?僕今でもサンタさんって呼んでるんですけど、良いですよねーさん付けって丁寧で。サンタクロースが来るより、サンタさんが来るのほうが絶対に親密な感じがするし。

僕は結構ながい間信じていました。多分hそう学校6年生ぐらいかな。どうなんだろう、本が好きな子って結構サンタさんを信じている時間が長いと思うのは僕だけかな?ほら、子供の頃って想像の世界と現実の世界ってあいまいじゃないですか?本の世界でできるんなら、現実の世界でもできるんじゃないかってね。だから、魔女のように箒で飛ぶ練習をしてみたり、宝を探すために地面に穴を掘ったりしたわけで。

僕の好きだった本はものすごくたくさんあるんですけど、クリスマスのお話の絵本が大好きだったんですよね。「サンタクロースと小人たち」ってタイトルの大型版の絵本で、サンタさんとそのお手伝いをする小人たちが、どうやってクリスマスまでの準備をするかが描かれているんですけど、その絵がもう見ていて飽きない。本当に素敵な絵本なので、読んだことない人はぜひ図書館で読んでくださいね。あー突然に洪水のようにこの絵本のページの挿絵が僕の頭にあふれてくる。懐かしい!!

絵本。絵本と触れ合う機会って大人になると子供を持たない限り少なくなりますよね。けど、頭のどこかに残っている記憶。ダルマと雷の子供のお話とか、全面が白黒の絵なのに傘だけが赤く色塗られた本、たしか女の子がお父さんに傘を届けに行くお話。どろんこハリー、ぐりとぐら、くまたくんシリーズ。あー。くまたくん好きだったな。飛行機に乗ったりとか新幹線に乗ったりね。ねないこだれだ は怖かった。あと、どんぐり団子のドン。これは、幼稚園のもらってくる絵本の中にあるお話で、古代人のドンがどんぐりから団子を作るお話。あれを読んだ時には、「あの道に落ちているドングリで団子が作れるんだ!!」って驚いたことを覚えています。

子供のことを思い出すためにも。大人になって絵本を読むって大事だなって思います。

ムーミン谷も11月

冬の気配が強いドイツ北西部。木枯らしが吹いてていて、外に出るのも億劫になりがち。また、日照時間が短いのも寂しいものですよね。今、読んでる本があってそれが「ムーミン谷の11月」。日本でも言わずと知れたキャラクター、ムーミンのお話ですね。作者はトーベ・ヤンソン。フィンランドの有名な作家ですよね。

なぜ、今頃にムーミン。しかも、代表作的な「楽しいムーミン一家」でもなく、「ムーミン谷の彗星」でもなく、シリーズ最終巻の「ムーミン谷の11月」なのか。うーん。訳は特にないといえば、ないんですが。

あるといえば、11月というタイトル。僕の住んでいるドイツの町は日本の緯度でいえばサハリン。それよりも北にあるフィンランドは、ロシアでいえばツンドラの永久凍土のような位置にあるわけです。ということは、11月なんて真っ暗。ちなみに今日のフィンランドの首都のヘルシンキの日の出は7時34分、日の入りは15時40分。そんな暗い時期をテーマに書いてある本は、たぶんこの暗さを生き延びる何かが書かれているのではないか、という理由。

もう一つは、この作品にはムーミン一家は出てこないということ。そう、主人公たちは休暇に出ていてこのお話には出てこないんです。斬新でしょ。ただ、もちろん出てくる人たちもいますよ。自分のことが嫌いなヘムレンさんとか、恐ろしいほどの恥ずかしがり屋で、自分にお話を寝る前に聞かせるホムサとか、長い間人に会っていなかった、その交流を断っていたような書かれ方のフィリフヨンカとか。

どうです?もう、登場人物からフィンランドの11月の暗さ。童話の明るさはありません。

だけど思うのが、ムーミンって大人に向けて書かれているのではないかなって思ってます。うーん。これが初めてなので断言しちゃいけないけれど、この本に限ってはそれが言えるのではないかな。「あー。こんなこと日常生活にあるな。」って言うのがこの少し寂しめのキャラクターに投影されているんですよね。

この本を僕は音読をして読んでいるのですが、子供に向けて書かれているので漢字も多いけど、ひらがなが多いんです。その読むのの難しさ。どこが文字の途切れなのか読みながら困ってしまうんですよね。「これを子供の時に読んでたんだな。」って思うと不思議。中にはたくさん意味が分からない言葉もあったはずだけど、多分そんなことは考えずに読み進めていたんだろうなって感じます。あと、初版が1984年なので少しだけ、今の日本語と違うなってところもあるのは面白いです。やっぱり、言葉って時間がたつごとに変わっていくのだなって。

今6章まで読んで、次の7章の始まりが、「その人は、きみのわるいくらい年よりでした。」というすごい始まり。なんとも刺激的なムーミン物語。

さて、アニメ繋がりではないのですが、ドイツも最近はクリスマス色が強くなった、コマーシャルもクリスマスを意識したものに。

今回は、良いねって思えたものをお裾分け。言葉はないのでドイツ語が分からなくても大丈夫。何かお母さんの心情に胸が熱くなります。

朝から起きて

月曜日。また戻ってきましたね。いつもの起床時間は僕たち、6時なんですが、ユリ君は今日は朝5時から起きて作業。なんでもユリ君のサイドビジネスのウェブで、サーバーの良くないとか。一緒に起きようと思ったら、「寝ていていいよ」というので言葉に甘えて。

6時に起きてみると一生懸命に何かをしているユリ君。「おー。仕事を頑張っているな」って画面見たら、あれ違う。サーバーは大丈夫だった?って聞いてみると、今く言っているとのこと。と、同時に「これ、いる?」と見せられたのは、スキーのゴーグルがパソコンの画面に。どうやら、問題を解決した後にベッドには戻らずにウェブショッピングをしていたらしい。

どうして、今?って聞くと。「ブラックフライデーのセールは今週の金曜日が始まりかと思っていたら、もう始まっていたんだよ!!」と。ちゃんとリストがあったので、僕が起きた時には何個かはオーダー済み。あとは僕のスキーのゴーグル、スキーの手袋。僕はあんまりわからないので、ユリ君がいいと思うものにしました。なので、僕のスキーセットは完成。

あとはバスルームのタオルを入れる収納、日の出を模倣できるアラームクロックを購入したよう。朝からユリ君は元気がいい。

僕は今、仕事探しの用の資料を作成中。頑張っています。少し前にビデオを送っての審査があったのですが、金曜日にその結果がきて最終面接へと駒を進めることができました。最後は、スカイプでの面接なので頑張ります。

もうね、最近はこの仕事をしたらどのような風にしていこうかなって考えばっかりで、楽しくて仕方ないんですよね。だけど、あんまりね一人で妄想していても落ちてしまう事もあるのでね、あまり妄想をさせすぎないようにしないと。

いい結果が出せるように頑張ります。

音楽とあの時

木曜日は僕の中でアパートの大掃除の日と決めているんですよね。床を履いて、モップ掛けをして、台所周りの汚れをきれいに取ったり。お風呂場やトイレの掃除もこの日に全部します。無音の中で作業をするのも寂しいので音楽を聴きながらすることが多いんですが、今日は何がいいかなって考えて朝を始めた時に、ちょっと寒いなって感じていたんですね。で、寒い、さむいって思ってたらいつの間にかにtrfの寒い夜だからが流れてて。おー、懐かしい歌が頭によみがえってきたなと思いパソコンの中にあったtrfのベスト盤で自分の好きな曲だけを集めてプレイリストを作って完了。

掃除をしながら流れてくるtrf。音楽って不思議なもので、聞いていた時のそのころの自分が出てくると思いません。なんていうんだろう、曲を聴いている時にふと今まで思い出しもしなかった思い出が突然に、そしてほんの一瞬だけ自分の頭の中をかすめていく感じ。

survival dance でtrfを初めて知って、その時に僕にこのグループを教えてくれた同級生の顔とか、Boy meets Girlではコカ・コーラのCM、 Love and Peace Forever では家族4人ででかけた山への日帰り旅行の時にラジオから流れていたなって。本当に断片的だけど鮮やかに蘇るその記憶が懐かしくて。

皆さんにも心当たりがあるんじゃないかな?音楽って自分をその時よく聞いていた時代へとタイムスリップしてくれる要素が高いと思うんですよね。

アメリカ時代だと、語学学校にいた時は友達が聞いていた原田知世のCDとか、ドリカムの歌、倉木麻衣のセカンドアルバムは語学学校と大学に行く間に滞在したバレホという小さな町での思い出がよみがえるし、サンフランシスコでの大学の通学時には浜崎あゆみのI amというアルバムをよく聞いてたなーって。

イギリスに来てからはどうだろう。ミニとよく聞いたアブリル・ラビーンのガールフレンドを収めたアルバムかな?

じゃ、ドイツでは、、、。うーん。ユリ君が聞いてるドイツのアーティストかな。

多分ドイツとイギリスは僕の中で思い出としてしっかりとした定着をしていなくて今も現在進行形で進んでいる感じがあるのではっきりと断言できないのかな。もちろん、この曲聞くとあの当時を思い出すっていうのはあるけど、その時を象徴するとまでいかない感じ。

よくある質問で、無人島ですきなCDを一つだけ持っていけるとしたら何をもっていく?っていうのがあるけど、どうです?何をもっていきます?

僕はね、うーん。何枚か候補が。中谷美紀のabsolute value,My little loverのre evergreenかElle GouldingのBright Lightの特別版かな?

音楽って本当に日常生活から切り離せないものですよね。

早く帰って、さあそれで

木曜日を過ぎてくると、今週も終わりだなって気分になってきますよね。昨日はユリ君の帰宅が早くてびっくり。4時すぎに帰って来て、どうしたのだろうと聞いてみると、「今日は走りに行きたいから、早く帰ってきた。」のだそう。って書くと、走るために仕事早退?って響きになっちゃうのですが、ここがべドイツの面白いところで。

ユリ君の仕事時間って結構、自由に決められるんですね。1週間のうちで最低の時間数が決まっていて、あとはいなくてはいけない時間とか、出席しなければいけない会議とかは会社にいなくてはいけませんが後は自由。ユリ君はこの町に引っ越してきてから仕事を開始が7時。早いんです。だから4時終業でも問題ないというわけ。また、残業はお金をもらうか、あとは自分の有休を増やすのにまわすかを出来るみたい。多分そんな感じなんだと思うんです、僕の理解したところでは。

ドイツ人を見て思うのは、仕事はあくまでも生きるためのお金稼ぎで、有給で行くホリデーのために生きてるなって思うんですね。あとは、仕事場で何か不満があったらはっきり言って戦う、そんな姿勢がよく見えます。働く側の労働組合とかも力が強いし、会社がある一定期間を過ぎると社員をクビにするのが難しくなるのも関係はしているのかもしれませんね。なんというのだろう、私は会社に雇っていただいているって感じではなくて、私は自分の能力をこの会社に捧げている、だからその見返りをくださいという対等的な感じになるのではないかなというのが僕の意見です。

話はそれてしまいましたが、ユリ君が走りのために早く帰ってきたので僕も一緒に走ろうとついていきました。週末はね、1日だけは一緒に走るのですが平日はいつも一人で行きたがるユリ君。今日は、いいよっていうので一緒に。

ちょっと寒そうだなとおもい長ズボンのタイツを半ズボンの下に履いて防寒完了。外に出た時にも空がきれいだなって思って走っていたんですね。ただ、僕の家の周りは住宅が多いので、そこを抜けて田んぼの広がる道へ出てびっくり。

空が少しだけオレンジ色。その色が走りを進めるごとに深くなるんですよね。だんだん、だんだん色合いが変わっていく。雲の色も眩しい金色に光っていたかと思えばオレンジを増して今度は赤に。

夕日ってどうしてこんなにも見ていて飽きないんでしょうね。1日が終わるちょっとした寂しさも含みながら、だけど明日への希望も感じることができる美しい夕暮れの景色。

ちょうど走り終わって家に着いた時には辺りは青い色で染められていました。

僕だけなのかどうかわからないけど、イギリスではそんなに綺麗な夕日を見なかったんですよね。今のような小さな田舎町ではなくロンドンだったので夕日を見れる景色が少なかったというのもあるだろうし、そんなに心に余裕がなかったのかも。

秋の夕暮れが僕は四季の中で一番美しいのではないのかなって思います。

11月の終わりと言えば

昨日の天気をあんなに褒めたからか、今日は太陽が出てるんですよね。有難い。日本ではあんまり太陽が出てる出てないをそこまで気にしたことがなかったけど、ヨーロッパに住んでこれは本当に大事な問題。多分、ヨーロッパ在住の人はこれ読んで頷いているはず。僕のよく読んでるヨーロッパ在住の人のブログも始まりは天気のことが多く書いてあるんですよね。

けどね、これはお国柄なんだと思う。うーん。ドイツは分からないけれど、イギリスはそう。イギリスは会話の最初は大体において天気。そして大体において天気の悪口。「また、雨だね。」「もう最近日の入りが早すぎる。」みたいな。それは本当にヨーロッパの冬が暗いいからなんですよね。太陽の気配すらしない時が1週間とか続くので。そんな来る日も来る日も暗い日々が当たり前になっていると、突然出てきた太陽に本当に驚くんです。土の中のモグラが太陽がまぶしいっていうぐらいに。これ、本当。太陽を見てその時に思うのが、「あ。太陽ってこんなにも眩しいんだ。」ってこと。それでその日は大体において、あった人になんて天気のいい日なんだろうねってことでお喋りが始まります。

アメリカではそれ、なかったなー。カリフォルニアに住んでいたっていうのもあるのかもしれないけれど。

そう、だから僕のブログは大体においてお天気の報告から始まるんです。

皆さんもそろそろ準備中ですか?ほら、11月の終わりに、ね。

ってここでアメリカ人だったらサンクスギビングデーかなって思うでしょうし、日本だと七五三、ワインが好きな人だとボジョレーヌーボーの解禁とか思い浮かべるのではないでしょうか。

ドイツはね、多分何もこの時期ないんだけど、ユリ君の頭は大忙し。なぜかって、ブラックフライデーが来るから。

確かに日本でもアマゾンがしてますよね、ブラックフライデー。って今調べたら、そかアマゾンはサイバーマンデーか!!

これらの単語わかります?

ブラックマンデーはアメリカ発祥で、サンクスギビングの次の日である金曜に小売店がクリスマスに向けて大安売りをする日なんですね。それで多くの小売業者がこのが最大の売り上げを出し、黒字になることからブラックフライデーという名前に。サイバーマンデーはもっと最近で、ネットで販売をしているアマゾンなどが安売りをする日。それが月曜日なのでサイバーマンデー。

このブラックフライデーが過去7-8年でヨーロッパじゅうに浸透してるんですよね。もちろんヨーロッパは11月の終わりにサンクスギビングという祝日はないので。ドイツでも近くのモールにその広告が出てました。アマゾンなんてサイバーマンデー1週間前セールを始めている始末。

ネットでいろいろなものを買うユリ君がそんな日を見逃すわけがない。最近何かがあると、「あ、忘れないように書いておこう。」ということが多くて最初は週末に行く食料品のリストかなって思っていたら、このサイバーマンデーでチェックするリストでした。今、読んでみようと思ったのですがドイツ語だし、なかなか個性的な字で解読不能。けれど、また小包の嵐の日々が始まるのかなー。

皆さんも今月末は買い物三昧ですか?

こんなにもコロコロと

海の近くに染んでいるからなのでしょうか。天気の変わり方が目まぐるしいなって、思いながら今日の1日を過ごしています。そうそう、ドイツの冬を過ごすのはこれで2回目なのですが、この町に引っ越してきてからは初めての冬なんですね。前の町はもう少し内陸にあり、35kmほど離れていたのでそれだけでも気候は違うよう。

今日は運動もかねて家から片道20分のスーパーに買い物に。「あー。晩秋だなって。」って思う風の寒さ。日本の人のブログやインスタグラムを見ていると今ちょうど紅葉がきれいな時期のようで。ドイツはね、紅葉は地面で見る感じになってます。そう、紅葉した葉っぱは木から落ちて裸木ばっかり。黄色や赤い絨毯が敷かれたようでその姿もいいのですが数日もすれば消えていくんだろうなと思うとね。

片道が20分もあるので落ち葉や他人の家をちらっとのぞき見しつつ足を進めました。ウィンドブレーカーを着ていたので寒さには困らなかったのですが、グレーの空はね何となく心も灰色にしちゃいますよね。

買い物は多くはなかったので15分ほどで終了。さて家に帰ろうかなって思ってびっくり。真っ青な空と晩秋の太陽の光が降り注いでいるではなりませんか。たった15分の間で、いったい何がでしょ。だって、スーパーに入る直前の空はグレーの雲だらけで青空の予感なんて一つもなかったのに。

けど自分はなんて短銃んだろうと思うのが、太陽の光を浴びながら歩いていると心もうきうきしてくるんですよね。「あー。太陽の光はなんて気持ちがいいんだろう。」って。深呼吸して、ちょっと橋の上から景色を眺めたりね。本当にこれで気持ちが変わる僕の単純さが、ばかだなと思ったり、かわいいなと思ったり。

けど、太陽が出るとなんで好きなんだろうって考えてみたんです。もちろん、明るいっているのはありますよね。証明としての明るさと、あとは温度としての温かさも。あとね、これはどうなんだろう写真家としての職業のためなのか、太陽が出ると景色が浮き上がってくるんですよね。ほら、曇りだと雲が光を散らすから影ができにくい、または薄いんですよね。反対に太陽の光は陰と陽をはっきりとさせる。なので、見ている世界にその陰陽がはっきりと出て3D感が半端なくなるから好きなのかもなって。ルンルン気分で家路を帰ってきました。

ってこのブログを書いている外はもう灰色の雲でいっぱい。本当に天気が目まぐるしく変わる町だなって思ってます。

12時間何でもありだとしたら

週末が終わって月曜日。ドイツ北西部は週末天気が悪くてユリ君と2人で家のなかで静かに過ごしました。雨さえなければねーっておもうのですが、あ、あと曇り空。日本って寒さも厳しいけど抜けるような冬の青空があるじゃないですか。ヨーロッパの冬はそれがあんまりないんですよね、グレーのペンキ一色塗り。毎年の事なのに、この冬の季節の始まりにこのグレーの空が続くと気分も下がってしまいます。

そんな今日はライティングを気にしたり、カメラアングルを気にしたりと大忙し。けどカメラの仕事でなくて、撮影。いえ、ユーチューバーはないんです。実はねある仕事に応募しておいて、書類審査の次の2次審査が自分の自己紹介ビデオを撮って送るというもの。それも6-15分の長さで。なのでそれをひとりで撮影してました。録画したものを見ながら、こんな声してるんだ自分とか、目が下がり気味だなー、年だな。って自覚しなくちゃいけないのは何かと辛いですよね。けど、どうにか上手くできたのではないかと。あとは送って1週間以内に合否がわかって、受かれば最終面接の運び。どうにか仕事にありつけないかな。頑張ろっと。

さてさて、もしね、1年に1回12時間だけ何をしてもいい日があったらどうします?

そう。何をしてもいい。殺人も含めて。何か怖いでしょ、もう。

じつはこれユリ君と先週見終わったアメリカドラマの話。

もともとはイーサンホーク主演でPurgeパージというタイトルで映画が作られて、映画版はこれも含めて4作品作られています。僕たちが見ていたのは、今年製作のドラマ版。僕たちはアマゾンで無料で見れたのですが、どうやら日本のアマゾンでは映画版を数作プライム会員なら無料で見れるけどドラマはやっていないみたい。

けど、このコンセプト怖いですよね。話の中では1年に1回夜の7時から朝の7時まで無法地帯となるそう。もちろん、殺人もあり。なおこの時間は救急車や警察や医療などの公共サービスも止まってしまうというもの。もちろんこの12時間に行われた犯罪行為は罪に問われません。では何故するのか、というとこの12時間の無法時間を始めてから、犯罪率や失業率、また経済的にも上向きになったことによるのだそう。

それでもね、ドラマの中ではいろいろなことが起こるんです。本当に。殺しを仮装しながら楽しむ人、人々を救いに出かける人、自分の身を殺人者に捧げる人。人々の欲望が渦幕12時間。

毎回ハラハラ、ドキドキ。人間ってもしかしたらこんなにも残酷になれるのかもなって思える場面が多数。けど、もし今戦争が起きてこれが本当に起こる可能性があると思うとぞっとしてしまいます。もし、興味がある場合は見てみてください。

けど、自分だったらどうするんだろう。家の中に引きこもるとは思うけど、もし誰かが入って来て自分を殺しにきたらね、その時の僕の判断はどうなるんだろうって考えちゃう。うーん。奥深いドラマです。僕ホラーは苦手だけど、こういうのは見れるんですよね。

 

たまには自分のために

実は昨日の夕方からユリ君がいなくて、ひとりの夜だったんですね。なんでも金曜日にトレーニングがあるらしく、その場所が朝から言っているのでは間に合わないからというので、前日からの泊りがけ。一人の僕はこれぞとばかりにジブリナイトを決行。ユリ君、シュレックとかアイスエイジとか好きなのでジブリを進めて見せてるのですが、食いつきが悪いので、、、。

こんな時に思う存分見ようと、多分ユリ君はあまり興味がないであろう「耳をすませば」をみて、自分の子供時代の風景がまさにそこにあるので懐かしくなりました。多分今の子供たちは目にしない、あの生活感。主人公の雫が本が好きなところも共感できるんですよね。図書カード、ケータイのない日常、集合団地のドアの閉まり方、コンクリートのブロック塀、外で飼われている犬。この映画が好きなのは、多分僕がじぶんの学生時代に一瞬にして戻れるところと、夢を追っているその姿が純真に素敵だなって思えるところかな。そういえば、僕世代の人たちがこの映画がテレビで再放送されるたびに映画を見るとかなり失望をするってニュース記事をどこかで読んだな。これはこの作品に失望するんじゃなくて、自分自身に失望をしてしまうらしいんです。この映画が公開された当時に中高生だった人たち、公開が95年で僕は雫より一つ下の中2、だから今の30代後半位の人かな。なんでも、学生時代の自分を思い出して、あの頃持っていた夢とか、淡い恋の気持ちを思い出し、いま丸現実とのギャップに失望するというもの。

僕は幸か不幸か自分の好きなように生きてきたので、自分の今まで歩んできた人生をこの映画を見ても失望することはないのですが。ただ、まだこの時と同じ気持ちが僕の中にあるんだなっていうのは感じます。それは歩く言えば成長できてなくて、夢見がちということなんですけどね。こればっかりはしょうがない。雫の頭の中のように、僕の中でも物語が湧いては消えて、湧いては消える。毎日の生活の中に、おとぎ話が各得ているんじゃないかと心をウキウキさせるところとか。もうね、この年になっても成長できない僕。これも世間でいう中2病なのかな。

その後、何を見ようと考えて、いったん「おもひでぽろぽろ」を見ようと思ったのですが、この映画も「耳をすませば」も現実的な世界がベースでしょ、そうするとなんとなくお互いの印象が薄くなっちゃうなって。三色すみれ風呂も、プーマの運動靴も、ひょっこりひょうたん島の歌も混ぜ混ぜになっちゃうのは屋だなって。

なので、「ゲド戦記」をチョイス。ファンタジーの世界だし、ジブリにあってこの映画はちょっと不気味感が強いので。最初見た時はあんまり好きになれなかったんですよね。話がぶつぶつ途切れる感じがあるし、他のジブリ作品が物語の中から何かを感じ取ってほしいみたいなものがあるのに、この映画は結構それを言葉で伝えてくれるストレートさに苦手意識が働いたのかなって。また、箸休めみたいなつい笑ってしまう場面がないのも他のジブリ作品とは違うかなって。みんなが真面目過ぎるっていうのかな。

けど、今回はその伝えてくる言葉を真摯に受け止めてこの映画を見ようと思ったんですね。この作品が伝えたい言葉。多分この作品って、生きていく上では辛いけれど、じゃその世界で生きるならどうすれば生き抜くとはを言いたい気がします。そうするとこの登場人物はみんな現代に生きる人々と同じなんだなって。現実逃避で薬物に逃げ込む人、自分の中にある影の部分を認めれずに怯える人、迎え来る終わりの存在を受け入れられずに抗う人、バランスの崩れた中でその均等を保つ方法を探す人、労働力としてしかその存在意義を認められない人。この世界の縮図があの映画にあるのだと思うと、見ていて面白いなって。

ただ怖いですよね。黒い眼の穴になってしまったアレンとか、クモの姿がね。心をえぐられる気持ちになってしまうのは、もしかしたらそんな暗闇が僕の中に潜んでいるからかもしれませんね。

大人になってみるジブリって、子供のころとは違った思いで見られてお勧めですよ。

 

アワアワする気持ち

あー、終わった。いやね、今、ドアの修理屋さんがちょうど帰っていったところなんです。緊張した。ね、こんなことで緊張していてどうするんだいって、感じなんですが。ドイツ語でのりきることができました。

ドアがどうしたの?って話でしょ。ドア修理屋さんっていうの面白いのですが、実は僕のアパートの部屋の中の全部のドアが何となく締まりがわるかったり、床をかすったりでしていたんです。まあ、新築の家なので少し歪みが出ているのかななんてユリ君と話していて、けど生活に支障が出るって程ではなかったのでそのままだったのですが、我が家の電動ブラインドが壊れたので、その修理を大家さんに頼むメールを送る時にドアの修理もと頼んでおいたのです。

昨日ユリ君にドアを修理に3時半ごろ来るとのメールが。あれ、電動シャッターは?って話なんですけど、ユリ君もそこはわからないから、修理屋さんに聞いてみてと頼まれました。なので、修理屋さんにドアの状態を見せる、電動シャッターは直してくれるかを聞く。というのが僕の今日の課題だったわけです。

朝からソワソワ。けどよく考えるとそんなにソワソワすることもないんですけどね。何となく心落ち着かかない、、、、。木曜日なのでアパートの大掃除をし、時計を見ると昼の12時半。昼ご飯にしようと、キノコと玉ねぎのスパゲッティーを作ってまさに食べようとしたその時、ピンポーン!!

あれ。今日は小包は届かないし、これは修理屋さんかな?だけど約束の3時間前!!玄関を開けると、気のいいおじちゃんが。見た目にも修理をしそうな感じ。早速招き入れて、つたないドイツ語でドアの状態を言って。おじさん作業開始。

僕ね、いつも思うんです。僕はどこの立ち位置にこの時いればいいんだろうって。隣にいても迷惑だろうし、いや隣にいて見物するのは嫌いではないんですよね。イギリスの時はそうやっていろいろ教えてもらったこともあったので。だけどね僕のつたないドイツ語では、聞きたいことも聞けないし、話されたところでその5パーセントしか理解できないでしょうから。おじさんも僕が昼ご飯を食べていたのに気が付いたようで、「どうぞ。食事を続けて。」と言ってくれました。

ご飯も終わって、どうしようとなった僕。ひとまず本を読む。本なら音もならないし、おじさんが声かけてくれてもすぐに反応できるし、って自分の家なのになぜか気を使っちゃうんですよね。なので、本は読んでいても頭に」文字が入ってこないという、、、。おじさんはしばらくガンガン、バンバンして、僕のいるリビングに。

最後のチェックをして、気になる所を微調整してもらってるときにシャッターのことも聞きました。おじさんはキッチンとドアの担当で電動シャッターは修理できないとの事。

これで任務完了なんです。だけどね、僕の母親は家に修理の人とか来たら、お茶を出すっていうことをしていたんですね。それは母が大工の娘であることも関係あるのかもしれませんが、、、、。ほら昔の大工さんとかって家を作っている最中にその家の人からお茶とかお菓子の差し入れがあるでしょ?「お仕事大変でしょう。さ、一服。」みたいな。僕もね、それを引き継いでしまったようで。

これで、ありがとう、さよなら。で済むものを、「何か飲みます?コーヒーとか。」ここで、相手がNoってくれば僕としては一番楽。そしておじさんの答えは、じゃ、コーヒー。ってことは僕ちゃんとドイツ語で会話をしなきゃなってことになすんですよね。

ほら、僕のミジンコのようなボキャブラリーじゃね、会話も中途半端。「今日はたくさん仕事があるんですか。」とか、「このドアの閉まり具合が悪いのってよくあるんですか?」みたいな。それに対していろいろと答えてくれるおじさん。これからの仕事はどこに行く、その前はどこだったとか、ドアの問題については結構喋っていたけれど、あんなにしゃべってくれたのにわかったのは、ドアは何かしら問題があるみたいなこと。もうね、途中からはおじさんの言葉を理解しているというか連想ゲーム。

本当にいいおじさん。本当はね、もっと奇策にしゃべりたいんだけどな。その道のりは遠いです。だけど、本当にこれで一安心。あ!けど今度は電動シャッターの修理屋さんが来るんだろうなー。よし、頑張ろっと!!