静かに揺られて

昨日と同じように雨模様のドイツ北西部。昨日にも増して時折、横殴りの強い雨が降ったりともの悲しい感じが立ち込めています。今日は窓を開けて、少しひんやりとしてはいるけれど新鮮な空気を部屋の中に充満させているところです。どうしても閉め切った部屋は空気がよどんでしまいますよね。

さて、ユリ君の両親の家に先週末訪れていたのはお父さんの誕生日のため。毎年、家族が集まってお祝いをするのですが今年は僕もその中に参加。ユリ君の兄弟と、その家族など総勢12人。ユリ君の家族は基本帝にドイツ側とデンマーク側に分かれていて、今回はデンマーク側の家族も。

デンマークってドイツの北部部分でつながっていて、昔のブログにも書きましたが世界で1番幸せな国ランキングにいつも1位2位の国なんですが、小さな国なんですよね。人口は600万人ほどなので、千葉県の総人口ぐらいでしょうか。首都はコペンハーゲンで、首都の人口は50万人ぐらいなので日本でいうと宇都宮市の人口ですね。

小さな国もあるし、周りにたくさんの国々が隣接しているので外国語教育が徹底しているんです。今回はデンマーク側からは3人が来たのですが、3人ともデンマーク語、ドイツ語、英語を何不自由なく話せるんですよね。会話は大体がドイツ語で行われるので、僕は知っている単語を会話の中から拾ってはそこから何をみんなが喋っているかを推測するのが精一杯。だけど、時にデンマークファミリーが英語で僕に質問とかもしてくれるんですが、ドイツ語から英語に何の躊躇もなく変わるんです。第2外国語を使う人ならばわかると思うんですが、突然に1つの言語から直ぐに次の言語に変わるときって難しかったりするんですが、それをも感じさせないんです。そんな姿が羨ましくて、、、。”何時かこんな風に僕もドイツがを上手くなってやる!!”って思いました。

そんなお父さんの誕生日会は夜遅くまで続き、お酒を飲まないユリ君は午前1時過ぎに、”もう寝たい。”というのでベッドに。僕も一緒にベッドにいきましたが、残りの人たちはその後1時間ほどパーティーを楽しんだようです。

土曜日の昼過ぎまでにはほとんどの家族が帰ってしまって、残ったのは僕とユリ君だけ。犬の散歩に行ったり、庭仕事を手伝ったり、読書をしながら日光浴をしたりと穏やかな時間を過ごしました。

お母さん大好きな末っ子のロミオ。やんちゃ坊主で、”遊んで、遊んで。”攻撃がかわいかったです。

そんな土曜日の夕方はデンマークとの国境に近い都市フレンスブルクへ、お父さん、お母さん、そして彼らの友達と僕ら2人の6人でワインの試飲会へ。試飲会、フレンスブルク郊外にワインの店を構える人が主宰をしていて、スパークリング1種、白2種、ロゼ1種、赤2種のラインナップ。それとともに軽い軽食も添えられます。お酒を飲まないユリ君にとってはつまらないイベントのように思えますが、ユリ君を釣るには格好の事が潜んでいたんです。それが試飲会場。

今回の試飲会は蒸気船で行われたんです。ユリ君、大学では海に関するエンジニアみたいなものを勉強していて、ボートとか帆船とか大好きなんですよね。”来年の夏はセイリングに行こうよ!”って言われてるんですが、僕はどうもね。。。。何がセイリングって豪華な感じがするじゃないですか。だけど、ユリ君が行きたいのは大型のボートで何十人の人がそれぞれ責任ある仕事を請け負って船を動かして航海をするというハードコアもの。山育ちの僕には未知なる世界過ぎて、、、。

なので、僕はワイン目的のほうが強かったのですが、蒸気船って素敵だなって思いました。音はもちろんするものの、何か懐かしさを覚える音でエンジン部分は石炭から発せられる熱で温かったし、蒸気が力となってエンジンを動かしている姿にも感動を覚えました。

また、船上からの景色も良かったんですよね。ちょうど黄昏時の波のない水面を滑るかのように動いていく船。右側はドイツで左側はデンマークというその不思議。また、穏やかな緑の丘が見え、その向こうには北欧ならではの色合いの家々。海岸沿いに建つ家々には明かりがともり、夕飯でも家族で食べているのでしょうか。行きかう小さな船や帆船も親し気で、船上には沢山の人がいるにもかかわらず自分の周りだけがとても穏やかで平和的な雰囲気で包まれて気分に。

住むならば山のほうがいいと思っていたけれど、穏やかな海辺というのも悪くはないかもなって思った自分がいました。

いつもしない体験をするって、自分に違った価値観や思いをくれるので大切なんですね。なんとなく年を取ってしまうとそれが億劫だったり、怖かったりするんですが。夏のセイリング、、、。考えてみようかな。

小さな国にようこそ!

昨日はあんなにも夏のような気温だったのに、今朝は雨の始まり。気温も肌寒いし、外の木々も赤みを帯びてきていてヨーロッパは少しづつですが秋の色を濃くしてきているようです。よく考えてみればまだ、8月なのに、、、。国によって季節の感覚も少し違ってきますよね。

その国によって違う感覚で、ひとつ発見がありました。

ユリ君が仕事で僕は1日家の中に予定だったのですが、ユリ君が出かける前に”外の気温が暑くなってきたら窓閉めてね。”との事を言ってきたんです。一瞬、耳を疑いました。暑いからこそ窓を開けて、風通しをトよくするんじゃないの?涼しい風を入れようよ。と聞くと、”暑い熱が入り込んできてその熱が室内の温度を上げて寝れなくなるでしょ。”との反論が。

ヨーロッパの建物は気密性がいいので、一度温度が上昇するとそれを下げるのにも時間がかかるのだとか。だから、無駄に入ってくる太陽光や生ぬるい風は遮断するのが1番だとの事。風は夕方に温度が下がってから入れればいいとの御達しが。

郷に入れば郷に従え。まずはブツブツ言わすにやるか。と決めた僕。外の温度とともに家の中も暑くなって過ごせなくなったらどうしようと一抹の不安もあったのですが、結果ここちよく過ごせることがわかりました。そういえば気温が日本のように上がるスペインやイタリアはその強い日差しを遮る窓のシャッターがあるし、無駄に熱を取り込まないというのがヨーロッパの夏を涼しく過ごせるコツなのかもしれませんね。目からうろこでした。

さて、話をハンブルクに戻しまして、、、。ハンブルクで有名な観光場所はたくさんあるのですが、そのなかでも毎日たくさんの人が訪れるのがMiniatur Wunderland ミニチュアワンダーランド。ドイツ、アメリカなどの世界の風景をミニチュアサイズにしたジオラマパークなんです。ウェブサイトで調べてみるとこれ、まだまだ拡張をするそうです。僕たちがみたのはアメリカ、北欧、ドイツのハンブルク、中部ドイツ、そして今途中までできているイタリアーポンペイ、ローマ。ここにはミニチュア空港もあって、いろいろな飛行機が離発着するんですよ。これからも、残りのイタリア、ヴェニスなどの後フランス、イギリスが出来て2019年に全てが完成するらしいですよ。

実はね、ハンブルクに数回ほど僕は行っているのですがここ行ったことなかったんですよね。だって。人が多いっていうし、ミニチュアの国に正直ひかれなかったんですよね。

なので、行くつもりもなかったんですが、、、。”ミニチュアの国行ったことある?”って聞かれ、”ないよ。どうだろ、面白いのかな?”って適当な返事をしたら、”うんうん。おもしろい。たくさんの電車が同時に動いてるし、飛行機も飛ぶし、いろいろな国のジオラマがあるし、朝が来たと思ったら夜になるし!!”と目を子犬の様に輝かせていうので一緒にお供することに。ちなみにユリ君は以前にここを訪れているんですよ。

3時の予約が取れて、いざ!!と入り込んだら、、、人人人。もうね、どうしようかなってぐらいの人で、人込み苦手な僕はここでひるんだのですが、同じく人込み嫌いのユリ君はとみると、、、、ちゃっかり人波をかき分けてジオラマの前にうまく位置取りを。さすが、、、、。

最初は人込みばかりが気になっていたのですが、徐々にその小さな世界のとりこに。たくさんの車や電車がコンピューター制御で走っているんですが、ちゃんと信号で止まったり。見るところには小さなボタンもあって、おすとジオラマのどこかが動くようにもなっていてそれを探すのも楽しみ。

それに昼と夜がちゃんと交互に来るんですよ、昼間の風景と、夜の風景でまた違って見えます。とくに夜のラスベガスはおすすめ。

ね。クオリティーがすごいでしょ?よく見てみるとちゃんと人もいます。カジノの前にもたくさんの人がいますが、カジノの横の小さなダイナーの中にだってちゃんと人がいるんですよ。

これがまた、ここの魅力。いろいろなユーモアやドラマが本当に数えきれないくらいにちりばめられているんですよね。その事件の大きさも様々。

大きな事件でいえば、家事。これ、いつでも燃えているわけではありませんよ。火事になるとサイレンが鳴り近くの消防署から消防車がきて消防士の水かけが。鎮火すると赤いランプも消え、いつも通りの普段の生活に。ただ、このような大事件はかなりの時間を持っておかないと起きないので根気の良さと運の良さが必要かと。

 

もちろん、大きな事件を見れなくても色々なところに小さな事件があるので、それを楽しむのも悪くありません。こちらはどちらかというとユーモラスなものが多いです。思わずクスってわらちゃいます。

かぼちゃの収穫時期に収穫したかぼちゃが勢い余ってオムスビころりん状態に!!そして勢いよく飛び出して道路で破裂!!アイディアがかわいいですよね。

気が付いたら2時間半ほどいて、最後のほうまでゆっくりできなくて、後半部分は駆け足状態に。なぜなら、ユリ君の両親が夕飯を作って待っていてくれているためなんです。帰り際ユリ君が、”時間が最後の方はなかったからまた、こなきゃね。”と。それに素直に、”そうだね、来ようね。”と言っている自分がいて驚きました。

 

 

食わず嫌い的なことって駄目だね

火曜日の朝。ドイツの北西部は、太陽の光眩しくて夏がまた舞い戻って来たようです。今日の最高気温は27度。ヨーロッパ北部にとってはかなりの真夏日です。日本はまだ暑い、、、っていうという話はあるでしょうが、それどころではないですよね。北朝鮮のミサイルの話。今朝も6時に起きてユリ君と朝ごはんを食べていたのですが、”北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射したみたいだよ。”との事をブツブツ。詳しい情報を彼にせがむと、日本の上空を越えて海に落ちたとの事。フェイスブックにもその事についてのアップデートが沢山。世界が落ち着いていない状態で、この先の不安が多いですね。

ドイツでの引っ越しに送った荷物などの片づけをしているのですが、結構な衝撃が輸送中にあるようで、中に入っていた数点のものが割れていました。特に大事なものでもなく梱包の仕方が甘かった僕に責任はあるのですが、ここまでどんな風にこの箱たちは扱われてきたのだろうと思うと不安になるような感じでした。

ユリ君の家の中に自分の昔使っていたものがあるというのは不思議だけど、新しい生活が始まったんだなっていう思いも沸いて来て不思議な感じ。まだまだドイツの生活も、文化も、言語に対してもひよっ子ですが、頑張っていきますね。

ユリ君の僕への誕生日プレゼントは、ドイツ第2の都市ハンブルクでの観光。僕はユリ君と来る前にハンブルクは数回訪れたことがあるので、今まで行ったことがないところを選んでくれたのですが、僕らの旅らしく特に観光をするわけでもなく、ぶらぶらと散歩をしながら、”こんな家はいいね。”とか、”こんな地域だったら住んでみたいな。”とか他愛もないおしゃべりで時間を過ごしました。会話の中で、僕が大体において”この家に住みたい!!あの窓があるとこが寝室にしたい。”とか空想的なことを言うと、ユリ君が”ここは車どが多いからねー。”とか、”電車が近くを通っているから五月蠅そう。”とかと現実的な意見を述べる感じ。これがちょうどいいバランスなんだなって思います。

さて、夕方になって時間を気にするユリ君。午後7時で夕飯は何にしようかと話していたのですが、近くのピザ屋さんに。”ハンブルクにいるのにピザかい!”って思っていたんですが、ユリ君はピザが何よりも好きだし、ここは最近出来て人気だからとそこでの夕食に。”あと30分したらここを出なきゃ。8時にはいかなきゃいけないところがあるから。”とせかされそこから歩いて10分ほどのところに行くと、大きな建物が。どうやらコンサートホールをっぽい劇場に。

大きな壁面にはバレエの写真などが。”そういえば、昔の情熱大陸でハンブルクのモダンバレエ団に日本人の女性の回があったなー。それかな?”なんて思って近づいていく僕たち。”バレエ見たことないけど、好きかもしれないな。”なんてボソって言ってたら、ユリ君は???顔。

劇場についてみてそこにあるポスターを見て合点。バレエのコンサートではありませんでした。そこにあったのは、日本の太鼓集団、YAMATO。海外公演を精力的にやっている集団ってことは知っていたのですが、その時は何も知らなかった僕。

”太鼓かー。しかもコンサートホールでするってことは2時間あるのか、、、、。太鼓だけ聞いていれるかな、、、。途中で眠ってしまったらどうしよう。”なんて思いをしながら会場に。僕達2人だけでなく、ユリ君の1番上のお姉ちゃんも一緒に。

感想は、”食わず嫌いをしちゃいけないな。”ってことを学んだことでした。太鼓を2時間なんて、退屈しそうなんて思っていたのですが、気が付けば時間はあっという間。なんとなく静寂で、モノトーン、そこに鳴り響く太鼓の音みたいなイメージを持っていたのですが、ダンサブルだし、衣装はカラフルだし、プログラムの構成がまた絶妙でした。太鼓の演奏でまじめな感じが続いて、”ちょっと飽きそうかも、、、。”なんてことを思っているとコミカルな芝居めいた演奏が始まって、その世界に戻されてまた楽しんでいる自分がいることに気が付くんですよね。あの絶妙の間は素晴らしいの一言。

それと、彼らが観客との距離をいつも身近にとっていてそこにちゃんと重きを置いているところも素敵でした。”僕ら一員として、このコンサートを盛り上げていこうよ。”というウェルカムな雰囲気。しかも言葉を使わずに体の動きだけでその誘導をする能力。脱帽です。

たぶん自分だけでは絶対に行かなかったこのショー。もし一生行かなかったとしたら、人生損してたな。って思えるほどのパフォーマンスでした。自分の国の人がこんなにもパフォーマンス能力があって、人々を楽しませることが出来る。日本人だって、こんなにやれるんだぜ!って誇らしく思えました。

彼ら、これからもドイツ、オーストリアとヨーロッパツアーが続くようです。機会が会ったら、ぜひ!!

こんな機会をくれたユリ君に、感謝。このコンサートを通してユリ君の少しは日本についてわかってくれたらいいのですが。どうなんでしょうね。10月の日本の一時帰国がたのしみです。

 

ドイツから、こんにちは

突然のドイツ引っ越し。ブログや、メールで励ましのメッセージをたくさんもらってうれしい限りです。じつは、僕はサヨナラを言うのが得意ではなくて、ロンドンに住んでいる友達にもほとんど詳しい日程も言わずに引っ越してしまったんすよね。

なんでだろう?周りの人をしんみりさせるのがにがてだからかな?日本に休暇で帰るときもそうなんですが、地元の友達には何も言わずに帰るんですよね。小さな町だし、僕の交通手段は徒歩か自転車なので帰って数日後には誰かには見つかって、そこから家に電話があるのでそれでいいかなって思っているんですが、、、。だめかな、、、?スナフキンのように、今までここにいたのに、次の日にはいなくなっている、そんな所に憧れがあったりするのかな、、、。

ちょっと、このブログを書くまで時間が空いてしまったのは、ドイツには水曜日には着いたものの、そのままユリ君の家には行かずにハンブルクと、ほとんどデンマーク近くにあるユリ君の両親の家にいたんですよね。昨日の日曜日の夜9時過ぎに家に帰ってきたための、今のブログアップとなりました。

今日はまず、ハンブルクでのお話から。

今回は5時間の遅れもなく、30分の遅れでブレーメン空港に到着。そこからユリ君のお買い物に付き合って、少しお腹がすいていたので最後にいつ行ったのかと思い返しても思い出せないマクドナルドへ。ユリ君は時に利用するようで、すべてお任せ。今はカウンターで注文しないんですね。タッチパネルのマシーンがあってそこでどんなものが頼みたいか、どんなソースがいいかとかも選べちゃうんです。そして番号札をもって座っていると座席まで運んでくれるんですよ。ビックリ!!訪れた時間が忙しくなかったためか、ポテトも出来たててで熱々だし、バーガーも写真の様に完璧に作られているしで、今まで持ってい負のイメージが払しょくされました。やっぱり固定観念っていけないなと反省。

その後、ユリ君の車でブレーメンからドイツで2番目に大きいハンブルクへ。その前の晩には友達の家に泊まっていて話が盛り上がりすぎしかも、朝の4時半起床の睡眠時間1時間半という短さのために車で眠りの世界に。気が付くとハンブルク市内に。

僕のドイツ生活は基本的には田舎なので、都会の中心街のドイツの光景に目を見張る僕。やっぱり都会は多国籍の人が住んでるなとか、レストランがどの通りにいってもあるなとか、落書きだらけの壁でいっぱいだなとか。もちろん、ロンドンも同じことなんですがドイツという国に来ると何となくロンドンとは違う雰囲気があって。心がどきどき。

ユリ君の車のいいところ、どれはハイブリッド車なんです。なので、そんなに多くはないけれどハイブリッド、電気自動車専門の駐車スペースがあったりするんですよね。そしてそこには充電する機会も。このマシーン、場所によっては充電無料というところも。なので、時にものすごく便利。エコを推し進めるドイツならではですよね。

充電した車を残して、ユリ君が決めたホテルへと。じつはこのハンブルクでの滞在、僕の遅めの誕生日プレゼントでもあったんです。

サヨナラを、今日。

ロンドンは朝の6時45分。今ミニの家のロフトの部屋にいて、このブログを書いているところです。このロフト、いつもならば窓から遠くの牧歌的な景色が見れたりするのですがグレーの薄い雲が辺り1面を覆っていて、気温もTシャツだけでは肌寒さを覚える温度。最近の話しでよくされるのも、”夏はもう、終わってしまったね。”というものばかり。イギリスやドイツはあとは9月の中旬などに突然に夏が戻ってきたかのような気候があるので、それが今年も起こらないかと期待するのみです。

日本はまだ夏の真っ盛りなのでしょうか?日本でいうと真夏というのは7月8月ですもんね。残暑が残ってみなさんまだ暑さの中で菅されているのだと思います。

そう思うと、世界のどこにいるのか、どこで育ったかで夏へのイメージも違うというのは面白いものです。日本の夏は7月8月。イギリスだと、6月も夏に入ります。そして、8月の終わりは秋というより晩秋の気配が。南半球では季節が逆ですから、今は真冬ってことなのかな?そう思うと”夏”って言葉を共有しているけれども、その概要は似たものでもディテールは人それぞれ違ってくるのかもしれませんね。

そんなロンドンの天気とも少しの間はお別れなんだなって思うと、これもまた愛おしいかなっても思うのです。

ブログの最初のほうを読んで、”なんで、ミニちゃんの家に早朝からいるの?”って思われた人もいるんじゃないでしょうか?実はね僕の前の家を出たんです、週末に。ミニとマーロン君に手伝ってもらって引越しをして、今日までここでお世話になっているというわけ。

じゃ、この次はどこに?って多分ほとんどの人がどこに行くのかはわかっていると思うのですが、、、、、。

ドイツに引っ越すことにしました。

イギリス生活が今月で丸11年。数年前までは、”イギリスが定住の地かな。”人生ってふとした出会いで変わっていくものなのですね。確かに、今思ってみるとイギリスに来たのもイギリスが物凄く好きだったから来たのではなくて、ミニちゃんと出会ったのがきっかけ。そして今は、イギリスは僕のアイデンティティーの重要な部分を占めているようにも思います。

日本、アメリカ、イギリス、そしてドイツ。僕にとっては4カ国目となる新拠点。向こうに行ったらドイツ語の勉強をして、一般生活を送れるくらいは喋れるようになりたいというのが今のところの目標です。

不安がないと言ったら嘘にはなるけれども、好奇心が大きい方が確か。アメリカで、イギリスで生活始めた頃のほとんど何もわからない、何をどのように伝えればいいのか、どのようなシステムで地域があるのかをわからずに、おどおどとなりながらも少しづつ馴染んで自分の立ち位置をまたゼロから作り上げていけるというのは面白いし、この年になってそのチャンスをもらえたっていうのは本当にありがたい。ただ時々出てくるんですよね、不安も。”36歳で今あるものからサヨナラをして、また頑張れるのか?”、”ユリ君との関係は、ずっとうまくいくのかな?”とか。

けど、起こってもいない未来を心配しても仕方ないですしね。一般論に負けずに、自分を信じて新しい人生を歩いていきたいと思います。

イギリス、今までありがとう。

クレームって何にでもつければいいわけではないよね

よく日本のニュースとか見てると、最近は芸能人やテレビ番組、CMなどに対する批判がすごいですよね。これでもかってくらいにネットなどで書き込まれていたり、クレームのメールの嵐だったり。

それってどうなんでしょうね。

確かに、不倫とかってモラル的に言っても決していいことではないし、それによって傷つく人々も出てくるわけで。けど、それって家庭内の問題で、他人がそこまで口出しをして言う事なのかなって。それで、謝罪会見があるっていうのも日本らしいなとも思いますが。イギリスなどでもそんな事が週刊誌に載ったりしますが、テレビのニュースで大々的に取り上げられて、謝罪会見を開くというのはないように思います。仕事は仕事、家庭は家庭。その区別がはっきりとしているからなのか、、、。どうなんでしょうね、この違い。

家庭の中のことって誰にもわからないし、そこにマスコミがどんどん入っていくというのはね。いくら芸能人でもキツイのではないでしょうか。例えばある芸能人が不倫の関係があったとして、その人が責められて矢面に立たされる。けど、もしその裏にパートナーとの夜の営みを5年間拒まれ続けているとか、家に帰っても冷たい態度で邪魔者扱いされているという、バックグラウンドがあったら話はまた変わってくるように思うんですよね。だから、不倫をしていいというわけではもちろんないですが、人の顔が違うように家族や恋人が持つ関係も千差満別。当人同士で話し合って解決させればそれでいいと思うんですけどね。

そんなニュースが多い中、あるウェブムービーにクレームが殺到しているとの記事が。牛乳石鹸のウェブムービーなんですが。

興味がある方はユーチューブでみれますので、検索してみてくださいね。

さて内容は見てもらうとわかるのですが、ある男性の1日。この男性は1児の父親で、ゴミ出しもする、今時の男性。この日もゴミ出しから始まりますが、息子の誕生でもあります。奥さんからはケーキと子供へのプレゼントを会社帰りに買ってきてと頼まれ、職場に。職場では自分の部下が上司から怒られて、それを励ます意味を込めて部下を飲みに誘います。もちろん、子供が起きている時間に帰宅はしますが、”なんで飲んで帰ってくるの?”と奥さんから詰め寄られ、何も言えずにお風呂場へと逃げる男性。お風呂の後に夕食の席で、”ごめんね”と謝る男性。そして次の日、また同じようにゴミを出して彼は仕事場に出かけて行き、”さ、洗い流そ。”の文字で終わるんです。

本当に素敵な出来で、みんながなんで目くじらをたてるんだろう?って思うほど。確かに、全編に幸せ感が撒き散らされて時はいないし、理想の完璧な父親でも男性でもないのかもしれない。だけどそこには現代に生き、その中でいろいろな葛藤に苦しみながらも”これでいいのかわからないけれど、いい父親でいよう。いい先輩でいよう。”という生き方が彼を通して見えるんですよね。

子供の誕生日にお酒を飲んで帰ってくるとか、誕生日で家で待ってる奥さんからの電話を居酒屋で無視。これに不快感を表す人が多いようで。だけど、これも彼にとっては怒られて自信をなくした後輩を放っておくわけにもいかない。息子の誕生日だけど少しだけ励ましてから家に帰ろう。ということからの行動だろうし、自分の父親はそこまで親しい存在ではなかった、だけど父への愛情はあった。今、自分が父親となってあの父以上に息子には愛情を注いでいるつもりだけど、果たしてこれでいいんだろうか?との悩みが奥さんの問い詰めに何も答えられずにお風呂に引き込むことになったんだと僕は考えるんですよね。

人生ってそうじゃないですか?大人になったらもっと生きやすくなるんだろうなって思っていたら、実は世の中は思っていたよりも理不尽で不平等だし。30代になれば、親になれば勝手に大人にんるだろうって思ってたのに、そんなこともなく。全てが暗闇の中を少しづつ手探りで歩いているようなものだったり。

時には、そんなそんな考えに押し殺されそうになって不安になる。そんな考えを”さ、洗い流そ。”って言ってるわけで。

久しぶりにいいものに出会えたなって思いました。皆さんはどう思いましたか?

こんな良いものを批判の嵐で潰してしまっては日本のクリエティブな面はガタ落ちになりそうですよね。

北の大地からの誘惑

日本はすでに金曜日の朝ですが、こちらはやっと金曜日になったところです。

昨日は朝から起きて、いろいろな所に手紙を出しに行ったり、手続きをしたりと動いていたら午後3時。なんにも食べていないのに気がついて遅めの昼食に。バタバタがあと数日間は続きそうですが、頑張ります。

イギリスも昨日は雨の予報が覆り、太陽光が注ぐ暖かな日で夏日和。色々なところに歩いていかなくてはいけなかったので、この天気には救われました。夏日とは言っても、日本のように残暑厳しいものではなくて涼しげな風が吹き抜ける感じで熱帯夜とは無縁のロンドンです。あと、蚊がほとんどいないので網戸なしで窓を開けっ放しでいられるのはいいですよね。

そんな涼しい夏がイギリスの良さですが、もっと涼しいとこもありますよね。

それが今回お勧めする本。

 

前にこんな本読んでますって紹介したと思うのですが、ドイツまでの電車の旅で読み終えました。

これ、アドベンチャーも何にも知らないコミック画家のご主人と、その奥さんが、ある日思い立って、カナダの大自然の中をカヌーで、オンボロ車で、旅をして定住するまでの本当のお話。

この1−2年、アラスカにものすごく興味を覚えて。それもきっかけはある本だったんですよね。星野道夫さんってご存知ですか?アラスカで写真家として活躍してアラスカの地の原住民やネイティブアメリカンの人たちとも交流し、アラスカの自然の美しさと厳しさをカメラに収めた人です。写真に限らず本も出版されているんですよ。この本達がものすごく興味深い。僕が最初に読んだのが”旅する木”とい本。1つ1つのエッセーは短いんですがじょうけい豊かで、人情が溢れていて、その伝わってくる温度が気持ちいい1冊です。

それもあって、このカナダの北部を含むアラスカ地帯に興味があって、この本を選んだのです。最初はカヌーの乗り方も、どうやって大自然の中で生きていくかも分からない二人と、拾った犬1匹で無謀な川下りをしたり、病気になったり、資金が底をついてきたりするんです。”もうダメかな。”みたいなことを何度も乗り越えてだんだんと逞しく大自然の中を生き抜いていく2人の成長は読んでいて飽きません。

白夜のために、今が朝の9時なのか夜の9時なのかわからまくなったり、大自然の中で今日が入った何曜にで何月何日なのかもわからなくなったりと、本当に現段社会から離れて過ごすことも。けどそれは、このユーコンの自然の中で知っていたところで何も役に立たないから。それよりかはどうやったら熊が自分のテントに入ってこないか、川の中のどのコースを行けばカヌーが転覆せずに先に進めるかの方が彼らにとっては遥かに重要なんですよね。

社会の一般常識が通じない大自然の中で、お金や名声の存在の儚さ。何も着飾っていない自分自身という存在に向き合って、その中から社会が人間に与える必要なものではなく、自分だけの人生には何が必要なんかを見極めていく事におもしろさを感じました。

果たして僕の人生には何が必要で、何が不必要なのか。その答えが少しづつ出てきているようにも思います。

皆さんは、自分の人生で何が必要で、何が不必要なのにそれにしがみついているものってありますか?

長い帰路が、ありえないくらいに長くて

ロンドンに帰って次の日だっていうのに、夜の11時にブログの更新です。ドイツでは9時半に就寝していたのに、ダメな僕ですね。けどね、色々とあったんですよ昨日の帰路で。そのことには後に触れるとして、今日のことから。

久しぶりのロンドン。だけど3週間ぶりのロンドンはなんとなく違った感じの印象を受けました。たった3週間のドイツの田舎での滞在でしたが、どうやら僕の体がその生活にどっぷりと浸かり込んでいたようです。ぎこちなさの様なものを感じてロンドンの中心部へと行ってきました。

実はね、この休暇の前に2年間(レストラン時代も含めると働いた年数だと4年半かな。)働いていたテイクアウェーの店を辞めたんですよね。それで、久しぶりなのもあって顔を出してきました。相変わらずの仲良しのみんながいて、そんなに長湯をするつもりではなかったのですが3時間ほどいました。その後は家に帰って片付けやら、書類整理などで家にいました。なので、まだ休暇気分といえばそうなんですが、、、。

実はね、ちょっと寝不足気味。なぜかって、それは昨日の就寝時間が午前3時だったからなんです。しかも家に帰り着いた時にはかなりの空腹で、だけど休暇明なので冷蔵庫には何の食べ物もなく、、、。”こんなはずじゃなかったのにな。”と思って眠りについたのですが、、、。

何が”こんなはずじゃなかった。”って気になりません?

実は昨日の飛行機ロンドンに午後6時過ぎに着く予定だったんですね。それ何に、家に帰り着いたのが午前2時って?ってなるでしょ?僕のフライトが遅れること5時間。そう、5時間。しかも色々なことが重なっての5時間だったのでお時間ある方は一緒に僕の5時間を体験してください。

今回の飛行場はいつものブレーメンでなくてハンブルク空港。ハンブルクはドイツ第2の都市とあってブレーメンとは違い飛行場も大きいんですよね。ここへはユリ君の家から電車3本を乗り継いで4時間ほど出来ました。無事にチェックインも済ませ、セキュリティーの全身レントゲンマシーンの様なものもほとんど並ばずにいい感じ。出発の2時間前に来たので、時間を持て余すほど。今読んでる本を読み進める時間に当てて時間つぶしを。

この時に電光掲示板で全く同じ時間に別の飛行機会社でロンドンの僕の空港とヒースローに行く便があったのですが、もうひとつの方は出発が15分遅れに。僕の方は問題なく定時出発。”あれ、よかったこっちで。”なんて思っていたんですけどね。

搭乗時間の15分前に人々がゲートに並び始めたので僕もその中に。しかも結構始めでいいポジション。(席上の荷物置き場の争奪戦を制したいので僕は結構早めに並ぶんです。)そして搭乗時間になり、出発時刻30分前に突然のアナウンス。”到着便の遅れにより機内へのご案内は1時間後です。”そこらじゅうで溢れる大きなため息の嵐。”もう少し前にそのことわかってたんじゃない?”って思いながらもまた、待合室へ。

そして1時間後遠くに僕たちの乗る飛行機の到着が見えました。ゲートが開かれ階段を降りたところにバス乗り場が。僕たちの飛行機は外階段で登っていくタイプなんですね。けど、このバスが普通は2台でピストン運行なのに列が動かない。多分予想なんですけど、最初はバス1台だったのであまりにも動かなかったよう。けど、ようやく機内に。ちゃんと荷物も自分の席の上に収納できたし、あとはロンドンに帰るだけ。この時の遅れが1時間20分。

窓側の席だったので遠くを見ると右側は晴天の空が、左がどんよりと青黒い雲が。そういえば、”今日は雷が伴った嵐が来るらしいよ。だけど、Takの飛行機の頃にはまだ来てないから大丈夫だよ。”と今朝ユリ君が話していたことを思い出してその空を眺めていたら、、、。ピッカ!!っと閃光が。それとともに滑走路にも雨模様が。最初は小降りだったのですが徐々にその雨量は増え一面は霧のように真っ白に。その中に時々光る雷。どうやら1時間20分の遅れが、あの嵐と重なってしまったようで。機長のアナウンスで、”ただいま地上スタッフは嵐のため動けません。機内でしばらくお待ちください。”との指示。これで待ったのが40分ほど。

嵐って以外と来るのも突然ですが、去るのも早くて雨脚が弱まったなと思ったら先まで雨雲だった空は青みを帯びた綺麗な色に。機長からの再度アナウンスがあり、”では、天候も良好になったので滑走路に向かいます。”とのこと。ゆっくりと動き出す機体。この滑走路に向かう時の動き、僕好きなんですよね。”よし、飛ぶぞ”って飛行機が気合いを入れる感じがして。

機体が最終カーブをまわって滑走路に。あとはここから、飛ぶのみ!

と思ったら、ちょっとずれる機体、そしてどんどんずれて次の滑走路のようなものが、”あれ、ここなのか?”と思うとそこも越えてす進んでいく飛行機。そしてまた大きく回って止まりました。そして窓の外を見てびっくり。”さっき待機していた場所に戻ってきてるじゃん!!”

ここで、機長のアナウンス。”離陸しようと思ったのですが、機内の天候を感知するマシーンが壊れて、この飛行機では飛べません。今日はロンドンへは帰れない可能性があります。”もちろん、機内は静かな怒りとピリピリとした空気でいっぱい。何も情報がないまま機内で待機させられる僕たち。

するとその20分後くらいに、”朗報です。あと30分ほどで、我が社の飛行機がこの空港に着くのでそれに乗り換えてロンドンに飛ぶことになりました。飛行機は空港の反対側に到着となりますが、皆さんが楽に乗り換えができるようにこの機内のまま、移動をしたいと思います。ですので、乗り換えも含めて1時間後には離陸できると思います。”とのアナウンスが。

それから30分後、”飛行機のまま移動をしようと思ったのですが、許可がおりませんでした。自分の手荷物を持っていったんこの飛行機を降り、迎えのバスが来るのでそれに乗り皆さんを乗り換えの飛行機へとご案内します。”

そのバスに乗ったんですが、本当に遠い遠い、どこまでこのバスは進んでいくんだろ?ってな距離で、バスが目的に着くにも完璧に乗り換えの飛行機の整備が出来ていないのか、数分間すしづめ状態の車内で待たされ、結局2時間後に離陸の運びとなりました。

ロンドンに着いて電車にうまく乗れて、ロンドンに着いたのはいいものの午前0時40分。この駅はロンドン中心街の東にあって、僕の家までの電車が出ているのは北。そして最終は1時34分。あまりバスや地下鉄で早く行っても立って待っているだけ(ロンドンとかって座って待って入れる場所が多くないんです。それに、長時間座っていたしね。)

もうね、こうなると”自分の力でどうにかしよう。”みたいな変な高揚感があって,東の駅から北の駅まで5kmほどなんですが40分ほどかけて真夜中に眠るロンドン中心地を颯爽と歩いて帰りました。

そして無事に1時34分の電車に乗って家に着いたのが午前2時過ぎ。

ユリ君の家を出たのが午後12、そして帰り着いたのが翌日の2時ですからね。長い1
日となりました。

長文、わざわざ最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

帰路につく日

7月の終わりから、今日までのドイツ滞在。やっぱり、短いですよね。今日の午後の便でロンドンへと帰ります。帰ったらしなくてはいけないことがたくさんあるのでまずはそれを順序良く片付けていこうかと。いつまでも休暇モードでいるわけにもいきませんしね。

今回の休暇は色々なことをユリ君と共有出来てよかったと思います。これからの2人の未来にも、道標ができたんじゃないかな。

1番良かったのは僕の生活スタイルの変わったことでしょうか。前は午前零時ぐらいまで起きているのは当たり前で、休みの日は午前9時に起きるみたいな生活だったのですが、ここにきて朝5時半起床の夜の9時半就寝という、原則8時間睡眠でまるで小学生の子供のような早寝早起き。食生活も午後6時過ぎには夕食で、ユリ君の習慣である必ずサラダを食べるというのも僕も一緒にしているのでかなりの量の野菜をこの2週間で取ったように思います。

10km走も週に2-3回。週末にはサイクリング、時々夕飯後の散歩と体も動かせているし、健康維持にも役立ってそうです。後、ユリ君はお酒を飲まないので僕もそれに比例するようにお酒の量が減りました。

この写真、ユリ君のキッチンからの眺めなんですが、この景色が好きなんですよね。いろいろな方向から人や自転車、車が来てはいなくなる。その中にも小さなドラマがあったりして、それをボケっと傍観者になってみているのが楽しくて。この景色ともしばしお別れです。

今日はいつものブレーメンからでなく、ハンブルクからのフライト。久しぶりのロンドン。違った風に感じるのかな?

ぼんやりとしたジュース

週末が終わって、月曜日の朝はすっきりと晴れたドイツ。やっぱり太陽が朝からあるのって幸せ感が増しますね。今日はユリ君が少し遅めの出社だったので午前6時の起床。いつものパンと、チーズまたはハムの朝食で出かけて行きました。残された僕は、日記をつけて、ドイツ語を勉強して、花の水やりが終わってこのブログを書いているところです。天気もいいのでこれを書いた後に10km走ってきたいと思います。

土曜日は残念ながら雨の天気で車で大きなスーパーで買い物に行ったほかはユリ君とおとなしく家で過ごしてました。夕飯にはユリ君がお得意のピザを生地から作ってくれておなかも大満足。そして次の日は朝は少し曇っていたものの午後から晴れたのでユリ君とサイクリングに。今回は前回とは違うルートで北海に。

北海と聞くと僕は中学校で習った北海油田ぐらいしか思い浮かばないのですけど、大陸棚のおかげでドイツ側は遠浅なんですよね。なので、潮の満ち引きが激しく、引き潮の時はかなり大きな干潟が顔を出します。潮風と干潟の泥を歩くのは健康にいいとのことで保養地としてドイツの高齢者の人を中心に人気の観光地なのだそう。

今回のところは入り江なのでそこまで観光化されてはいないのですが、多くの人が自転車やバイクで訪れていました。自転車に乗って1時間半ほどして北海を前に休憩。向こうに見えるのはどこの都市かとユリ君に尋ねると”オランダ”だそう。遠泳すれば着ける距離にほかの国があるって、島国育ちの僕には不思議な感覚でした。大陸に住むってこんな感じなんですね。

今回は短めで2時間でサイクリングをストップ。いい汗かいたし、何か冷たくておいしいものでもと思い、作ったのが。

 

後ろに写りこんでいるものでバレてしまったかな?そう。スイカジュース。

スイカジュースって聞きなれないですよね。けど、冷蔵庫に半分のスイカが数日置いてあるし、甘みも十分だろうから作りたいという欲求にかられちゃったんです。

スイカの飲み物で思い出すのは僕の大好きな作家の江國香織さんの1つのエッセー。彼女がアメリカに留学をしていたときに近くにあったフレンドリーズというお店で飲んだというスイカシェーク。この中で確か、ぼんやりと甘いその飲み物を気に入って飲んだということが書いてあったんですよね。たぶんね、あれは”泣かない子供”っていうエッセイ集の中に入っていたんだと思うな。これを読んだのは高校生のころで”ぼんやりと甘いスイカのシェークってどんなもんだろう?”ってよく考えていました。

そんな僕がスイカジュースを始めて飲んだのが、19歳の時。アメリカに単身で渡って語学学校に通っていたカリフォルニアのフレズノで。友達になったヨーコと何にもないダウンタウンにバスで出かけ、暑いからとカートでジュースを売っているおじさんを見つけたとき。そこにたくさんのジュースの種類とともにスイカジュースが置いてあったんです。わき目もふらずに即、スイカジュースを頼むとものすごく大きなカップに薄い赤の液体をたっぷり入れてくれるおじさん。味は本当にそんなにも甘くないスイカをそのまま絞った味。ぼわーっていうのがこのジュースを表すのに1番しっくりとくる言葉だなって思いました。それから特にスイカジュースを飲むこともなかったのですが。

今回はスイカだけでは物寂しくて、味がフラットになりそうだったのでライムを絞り入れることに。

作り方は本当に簡単。スイカ半分を綺麗にスプーンで取り出してそこにライムジュース1つ分をいれる。あとはジューサーでもミキサーでも液体にしてしまえば出来上がり。

今回のスイカジュース。今までになおいしさで、最初は飲むのを拒んでいたユリ君もおかわりをしたほど。ポイントはライムと十分に甘いスイカを使うことのようです。夏っていいな、そしてどことなくノスタルジックになってしまいそうな味です。