自然美の国 クロアチア 4

山道を誰にも会わない23kmほどのハイキングを終えた次の日は、この国立公園の最大の魅力の湖群。

クロアチアブログの1で撮った写真は、前日のハイキングの時にたまたま崖の上から撮れた写真なんですよね。

朝起きたら、曇り空で、、、。”雨かな?”って思ったのですが、曇りでなくて深い霧が立ち込めていたんです。この国立公園、クロアチア1の観光名所なので、夏のピークを過ぎいたと言っても人で溢れること間違いなし。朝早く行くべきってアドバイスがネットにあって、二人で朝の8時半過ぎに。

この公園、いろいろなコースがあってどれくらい滞在できるかで決めれるんですよね。1−2時間とか、3時間とか。僕たちはすべてのルートをほぼ徒歩で歩く6時間コースに。

けど、霧の深さがハンパなくてびっくり。先5mぐらいが霧で、湖がほとんど見えない状態。もちろん、湖畔の脇を歩くので透明な水の深さや、その中を泳ぐ魚は見えて綺麗なんですけどね。

”また。誰もいないねー。今日は何人の人に出会うかなー?”って言っていたら5分後に2人。その後また2人。そして次はアジア人の団体観光客と、人がやっと一人通れるような道でもこんなに人が通るなんて、、、。(この道はメインの道じゃないんですよー。)

前日も6時間、この日も6時間の歩きで、僕たちは何をしているの?話しているの?って思うでしょ。だいたいにおいて、話しているか、歌を歌っているか。歌を歌うのはだいたい僕で、ユリアンは今回の旅では前回ロンドンに来た時に見せた、崖の上のポニョの歌、”ポーニョ、ポーニョ、ポニョ、さかなのこー”って所をエンドレスリピートしてました。

霧の中でほとんど何も見えなかったんですが、その中で僕がかなりの写真を撮ったのが水の中に倒れた木々たち。”死んだ木を撮るの好きだねー。”ってユリ君に突っ込まれるほどに。

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倒れてもなおそこに存在を示して、少しづつ水に侵食されて消えていくそんな木々に潔さと、穏やかな時間の流れを感じれて好きなんですよね。

有名な滝の周りもあまり霧は晴れず、、、。だけど、それよりも人間の多さにうんざり感があって、さっさと歩いていく僕たち。人が多いと、ゆっくりと話したり、景色を楽しんだりできないでしょ。それが、ダメなんですよね。自分のペースで物事を進めたい僕のような性格は、人混みは苦手なんです。わがままでしょ。どうやら、ユリ君も僕のようなタイプなので助かってはいます。

霧の中でもやっぱり美しい色の水。これは素敵ですねー。時に人に会ったり、合わなかったりの6時間コース。このコース、時に短いの、中ぐらいのコースと合流する時に人の量が触れるのですが、その他のところは比較的にすいています。

けど、歩きながら思ったのが”滝や湖があまりはっきりと見えにけど、濃い霧でよかったなー。”って内心思ったのも事実。実はこのコース結構な急斜面のところに作られているところが多くて、そこに柵があるわけでもなし。足ものも平というよりは石でゴツゴツ。滑ったら20m下まで転げおちる感じ。だけど霧のおかげで、高所恐怖症の僕の恐怖心が少し緩和されたんですよね。

深い霧のせいで全く歩けないほどの観光客もいなかったので、青空のバックグラウンドに美しい滝の景色は撮れなかったけど、霧の中のプリトヴィツェも味わい深いものでした。

 

 

 

自然美の国 クロアチア 3

ザダルのアパートをレンタカーで出発。向かう先はプリトヴィツェ湖群国立公園。

この国立公園は世界遺産にも登録されているところで、年を追うごとに観光客が増えていて年間に100万人。クロアチアで1番の観光地なんですよね。

なぜ、ここがこんなに人気かというと湖の色がものすごくきれいで、しかも透明度が半端ないんです。海の色とも言わない不思議な色なんですよね。

この写真、右上を見てもらうとわかるように、かなりの霧で曇り空の日なんですよね。それなのにこの水の色。もちろん、これはこの公園の一部でしかなくて、もう数えられないような滝があちらこちらで見られます。

この国立公園、世界遺産ですが、ある時期には危機遺産リストに載っていた時もあったんですよ。クロアチアは元はユーゴスラビアの一部で、90年代にクロアチア紛争(クロアチアの独立)があったんですよね。その最初の武力衝突が、実はこの公園。だからその時に軍隊が入って損害を被ったり、地雷がかなり多く埋められたりと大変だったようです。戦後の頃には、”地雷に注意”の看板もあったらしいですよ。もちろん、今はリストからも外れ安全な観光地です。

僕とユリ君。人混みが好きじゃないし、せっかくだからハイキングを満喫したい。それだったら、大勢の観光客がいる湖は後回しにして湖を越えてある山を巡るハイキングコースをチョイス。(24kmほど)

観光案内のおばちゃんに行き方を聞くと。”今日はダメ。”(僕の個人的な感想ですが、クロアチアではサービス業の人基本的に愛想なく、ぶっきらぼうに言われます。)”それは昨日雨がたくさん降ったからかなー?”って僕が聞き返したんですが、無視され何やら地図に印をつけて、終了。”ダメ”って言われたけど、道順は教えてくれたので、”あとはお前ら次第だ。”っていうことかなと理解し、ハイキング開始。

このようなハイキングコース。木にマークされた道しるべを辿ります。ユリアンの左にあるのは巨大な石。こんな石の塔が至る所にあるんですよね。白い色でまるで大理石のよう。アドレア海の反対側のイタリアには大理石の産地が多いからもしかしたら似たような地質なのかもしれませんね。

このような巨木が山のように、そしてドイツの森にいたような鳥たちや蝶々はそこまで多くいませんでした。静かな森の生活、それがぴったり。

森を抜けて突然開けた景色が。すると降り始めた雨。ちょうど良いタイミングで山小屋(無人ですが)があったので、そこの軒が大きくせり出していて、その下にベンチがあったのでそこでお昼休み。時に激しく降る雨に、これからどうしようと話すも、どちらにしてもほとんど半分のところまで来ているので続行することに。(実はユリ君が貸してくれたレインジャケット、僕がイギリスに忘れてきちゃったんですよね。夏服ばっかしか考えてなくて。)

こんな風な景色も素敵ですよね。雨は大変だったけど、この写真が撮れて僕は満足なんですけどね。

雨が小康状態になったところで1番の難所に。これが恐ろしいほどの急勾配で自分の頭が地面につくのではないかというほどの前傾姿勢で頂上に。

そこからは下りで、天気も少し晴れたり雨だったりと面白いお天気で、それはそれで楽しかったんですが、一番良かったのがこの6時間ほどのハイキングで誰一人にもすれ違わなかったこと。世界に僕たち二人だけのような気分になって、ロビンソンクルーソーのような気持ちでのハイキングは特別でした。

疲れた体で家に帰り着いて、ぐっすりと就寝。次の日は湖畔巡り。何事も体力勝負ですからね。

 

自然美の国、クロアチア2

前日にベッドに行くのが遅かったので、9時過ぎまでゆっくりと起きたら太陽の光がまぶしいこと。9月に入ったばかりだけどクロアチアの夏はまだまだでした。

僕たちが最初に過ごすことになった都市がZadar(英語読みだと、ザダーって感じなんだけど日本語で調べたらザダル出そう。)この街、2016年ヨーロッパ内の旅行先ベスト1に選ばれたらしく、街の中に大きな横断幕で宣伝してありました。

確かに、海に面しているし、歴史的な建物は残っているし、物価もヨーロッパの経済大国に比べれば少し安めだからそれも納得。クロアチアは観光業にも力を入れているようでレストランでも宿でも英語で問題なし。あと、ドイツ語も。ビックリしたのがクロアチアの至る所でドイツのナンバープレートの車が走っている事。

ドイツはクロアチアの隣国ではないから、最低でも2カ国(オーストリア、スロベニア)を超えてこないといけなんですよね。南の都市のミュンヘンからザダルまではグーグルによれば7時間50分の751kmの旅だそう。ユリ君の近くの都市ブレーメンの車もあって、ここはドイツの北西部だからかなり遠いんです。(調べたら14時間の車の旅で、その距離1500km)ドイツ人の底力が感じられますよね。

そんなに頑張ってドイツ人が来るだけもあって、ザダル素敵な都市でした。

これ、本当にザダルの中心地からの景色。それでこの海の青さ。ものすごく透明度もあって、泳いでいる魚と海底が見えます。多分クロアチアの人は濁った海(ドイツの北海や日本の海水浴場)なんて想像つかないだろうなって思うほどの美しさ。

白い壁や、パステルの壁など色とりどりな街並み。太陽の光が強いためどこの窓にもシャッターが付いていて床はタイルでヒンヤリと冷たく。日本やイギリスでは考えられないですよね。

 

暑さもちょうど良かったので夕方頃から街の中心地にある海水浴場へ。たくさんの人たちがいるところを避けてあまり人がいない猫の額のような場所を陣取って海水浴と日光浴を楽しみました。

内海なので波も穏やかで、海水の温度も凍えるような冷たさでなく日光浴の火照った体にちょうど良い温度。傾いた太陽の中を歩くユリ組んだ素敵だなって思って撮った一枚。

ザダルには2泊3日でその後、レンタカーでプリトヴィツェ公立公園と車を走らせた僕たち。その続きは次回に。

自然美の国、クロアチア 1

今回は10日間でクロアチアを旅してきました。そして、齟齬のユリ君住むドイツを10日間と3週間ほどイギリスを離れていたんですよね。

実は旅を計画していた最初の頃はこの3週間でユリ君と共に日本に帰ろうってことだったんです。ただ、今年僕の地元、阿蘇は大きな地震に見舞われ大きな被害が。それでも帰る予定をしていたのですが、母親から留守電がある日残っていて、”今は、大変だから。もっと、阿蘇が復旧してから帰ってきてほしい。”とのメッセージが。本当は無理してでも行きたかったのですが、被害にあって大変な思いをしているのは僕の両親。彼らの意見を尊重しないとね、ということで中止に。

その後、ギリシアのロドス島が候補に挙がっていたのですが、ダメになって。クロアチアへと決まりました。

どこか暖かなところに行きたかったのと、安めの航空チケットが手に入ったのが大きな理由なのですが。

そこから僕たちが何をしたいか。どこに泊まるか、どのような交通手段を取るのかを決めて、準備万端に備えての出発。

ミニと旅行をする時は、現地での行動や情報収集をするのは僕の役割が大きかったので、準備していたら、ユリ君も得意らしくちゃっかりと情報を集めていました。なので、僕はホリデーアパートの近くのスーパーの情報やレストラン情報をすることに。

ただ、クロアチアの飛行機はドイツ中西部のデュッセルドルフからなのでユリ君の家からまずは電車で数時間の移動。そして、1時間ほど飛行機が遅れながらもアドレア海に面する都市、ザダーに到着。

飛行場を出たのが夜の9時3分。”後、3分早ければ、9時のバスに乗れたのにね。次のバスまで1時間待ちだね。とりあえず、バス停探そう。空港の到着口出てすぐにあるらしいよ。”と探す僕たち。空港の出口から、建物の周りを5分ぐらいグルグル回っても見つからない、、、。バスの並んだ駐車場に行くけれどもここはどうも観光バスだけ。

”一旦戻ろうか。”と空港の出口に。”それにしてもバス停どこにあるんだろうね。” とふと出口の真横を見たら。ものすごく小さいサインでバスの絵が。それにバス会社の名前。けど、どこに行くかとかの記載はなし、、、。

”ここかな?ま、時間もあるしここにいよっか。”と時計を見ると9時10分。

そこに一台のバスが。そのバスに向かって人が集まってきて、よくバスの車体を見ると”ザダー市内行き”とある。クロアチアはどうやら定刻でバスが走っていないらしくて、助かった僕たち。

ホリデーアパートに着いたのが午後10時過ぎ。大家さんが優しくフレンドリーで、近くのスーパーが夜中まで開いているはずだから買い物に行くと僕が言うと、”念のために電話してあげるよ。”と電話をスーパーにしてくれました。

勝手の違うクロアチアのスーパーで少し戸惑いながらもちゃんと買い物して、眠りに。

クロアチア初日はほんの数時間。だけど、面白い旅になりそうな始まりとなりました。

 

 

朝起きたら、、、

ロンドンを出発して、いつものドイツの空港へ。入国審査の人に、あまりにもここの空港の利用回数が多いので、”また戻ってきたんだねー。楽しんでおいで。”とのコメントをとともにスタンプを押してもらいました。

ロンドンとブレーメンを結ぶ路線は朝ものすごく早いか、夜遅い便しかなく、ブレーメンからまた2時間ほど電車で移動しなければいけないユリ君の家にたどり着くには電車の最終の関係もあって朝の便しか乗れないんですよね。だから、その日の朝は4時半起きなんです。けど、自分の家からだと朝3時半起きなんですが、心優しい友達がロンドン市内に住んでいるので前夜に泊まりに行って助けてもらってます。

無事にユリ君の家について夕飯を食べて早めにベッドへ。

前日に変に早い時間に起きたためか、朝の6時ごろに目が覚めてトイレに。トイレの窓が何か不思議な色で、窓を開けると朝焼けの時間。

僕が思うにロンドンではあまり綺麗な朝焼けや夕焼けを見ることって少ないんですよね。

この綺麗さにあまりに感動して、まだ寝ているユリ君を起こし二。

”朝日が綺麗だよ。見ないと損だよ!!一緒にリビングに観に行こう。”と言って起こして一緒に見ることに。

その後、またベッドに戻った僕はすぐに眠りに。ただ、半強制に起こされたユリ君はその後眠りにつくことが出来なかったそうで、、、。今後は一人で楽しむことにします。

心配をかけちゃって、、、

前のブログのエントリーがもうすぐで、一ヶ月前ということになりそうな今日。

心配してメッセージまでもらってしまって。申し訳ないです。

この3週間ほどどうしていたのか?って思われそうなのですが、、、、。実は、長い旅行に出ていました。

今回はユリアンと水と緑の美しい国に10日間ほど。その後、ドイツに戻ってまた10日ほど。そして昨日の深夜に帰ってきて、今に至る状態です。

なので、元気でいますよ。

さて、水と緑の美しい国とは、

この美しさ!!曇りの日でこの水の色って凄いですよね。

こんな素敵な自然美の多い国は、実はクロアチなんです。90年代には戦火にあったこの国も今は平和を取り戻してイギリスでも最近は人気の旅行先なんですよね。

これからはこの旅日記をお伝えしますね。

みなさん、しばらくブログを休んでご心配おかけしました。