心臓を食する

ユリ君は健康そうな生活をする割には、好き嫌いが多かったりするんですよね。お母さん曰く、昔は野菜のほとんどが嫌いだったらしいのですが僕が出会った時は夕食には絶対にサラダを食べるという習慣があって、野菜嫌いは克服していたようですが。それでも芽キャベツは今でも絶対に食べないし、真っ赤なビートルートもダメみたい。食べるけど本当は食べたくないのはブロッコリー、カリフラワー、ナス。あとは、オリーブ、アンチョビ、ケーパー、ブルーチーズは食べないので僕も最近はご無沙汰。

人によって新しい食べ物に挑戦していく人と、自分の好きなものを保守的に食べてその領域を広げない人の2つに分かれると思いませんか?僕の中では新しいものに積極的に取り入れるのは女性が多いなって思います。逆に男性は保守的。それって美容院でもあらわれませんか?男性って良かろうが悪かろうが同じ床屋さんに何十年も通うのに対して、女性は気に入りの美容院が見つかるまでいろいろなところを試すという話をよく聞く気がするのですが。

食に関していうと僕は新しいものを挑戦したタイプだなって思います。レストランでも何か珍しいもの、自分では作れないものを注文することが多いし、料理を家で作るときも冷蔵庫の中や調理戸棚をざっと見まわして何があるかを確認した後、好きなように自分流の料理を作るんです。ユリ君はこれがあんまりないかな。

なので、先日スーパーに一緒に買い物に行ったときにこっそりと買ったものが。鶏のハツ。心臓ですね。僕が八ツを食べたのは実はロンドンに住んでからで、レストランで焼き鳥のものを食べたのですが食感が面白いなと思ったのと塩のシンプルな味が活きるなと思ったこと。ただ、自分で調理をしたことはなかったんです。それが、鶏のから揚げでもユリ君にしようかなと思って肉のコーナーを見ていたら不思議な肉が。読んでみると鳥の心臓だと書いてあります。”よし、勝手みて何か作ってみよう。”と決めたのですが、ユリ君が反対しそうだったので、カレー用に買った牛肉の下に隠してショッピングカートへ。無事にバレずにお会計も通過。

そして昨日、ハツを調理したわけなのですが。なぜか料理をしながら考え深くなってしまいました。ハツは400gほど入っていてその数40個。という事はここには40羽分の心臓が、鶏の存在があるというわけで。ハツの調理法で、なかの血をちゃんと取り除いたほうが良いとあったので500円玉のより少し小さなその心臓を切っては開いて水洗いをしていたのですが、穴があるんですよね心臓のところに。多分ここが血液を送っていた血管があった場所なんだろうなとか、また開てみると何個かの空間があってこれが理科の時に習った心臓の構造なのだなと思い、自分の心臓もこのようなんだろうなと思いながらさばきました。

普段肉を買ってきて、その食べられる牛だったり、鳥や豚を考えることってなくないですか?もう食べ物としてしか見てないなって。それが心臓があんなにも入っていてそれを調理していたら、せっかく40匹分の命を食べるからおいしく味わって食べなくちゃなっていう感謝とも義務感とも言わないその交わった感情が心を占めたんですよね。不思議な体験でした。

ハツはネギと一緒にガーリックパウダーと塩でシンプルな味付けに。お米を一緒にと思ったのですが次の日がカレーで米続きだとユリ君から不満が出そうだったのでジャガイモのスライスをパルメザンチーズで軽く和えたものを副菜にしました。”これ何の肉?”と言いながら食べるユリ君。鶏だよといっただけど深くは説明しない僕。終わりごろに、”心臓っておいしいね。”っていうと”そっか、心臓か。うんうん。美味しい。”ていう返答が。どうやらハツは問題なく食べれるようです。良かった。

だけどね、炒めたんだけど焼き鳥のような食感にならなかったんですよね。今度はオーブンで焼いてみようかな。

ピョンチャンってかわいい

平昌オリンピックが後半に入って、メダルの数も日本勢増えてますね。平昌って漢字で書くと男らしいけど、音的にはピョンチャンってかわいい日々ですよね。

スキー大好き人間のユリ君。スキー旅行の半年前からユーチューブのスキー動画、山からヘリで降りてそのままスキーで下降するみたなのを見せられ続けていた僕。なので、オリンピックが始まってからテレビ三昧かなっていたのですが、そんなこともなく。”あれ、ドイツは冬季オリンピックはそこまで盛り上がらいのかな。”みたいに思っていたんですよね。

それで日本の金メダルが決まった日、”日本金メダル取ったよ。”って伝えると、”お。よかったね。”みたいな返事の後に、”ドイツはメダルチャート一番だけどね。”との返答が。”何?”と持ってみると確かに堂々の一位。只今はノルウェーに抜かれて第2位ですが。金メダル13、銀7、銅5と輝かしい成績。それなら夏のオリンピックの前回であるリオ五輪でのメダルで比べてやると調べるとドイツが5位で日本はその次の6位。

ドイツって意外とオリンピックのメダル量産国だったんですね。

リオのメダルを取った協議を見ると、馬術、カヌー、射撃が強いらしく3つの競技だけのメダル数が17個。射撃っていうのがドイツっぽいなとは思います。意外なところで卓球団体が女子銀、男子が銅と強かったこと。卓球=アジア勢と思っていたのでびっくりです。ブレーメンに行ったときにスタジアムのポスターで、”ドイツナショナルチーム来たる!”みたいなのがあって、”いやドイツのナショナルチームなんて。”と思っていましたがこんなに強かったとは。反省。

冬はどうなのかなって見てみるとバイアスロン(クロスカントリースをして射撃)やルージュやボブスレーのそり系の競技が強いようです。後はジャンプとかクロスカントリーが。滑降、回転などのアルペンスキーはドイツはどうやらメダルはないよう。確かにアルペンでメダルを取っている国々は素敵はスキー場が多い国(オーストリア、スイス、フランス)が沢山。ユリ君もスキーに行くならドイツはないというくらいにドイツのスキー場はそこまで面白みがないのだとか。スロープが緩やかすぎるらしいんです。だから、アルペンでメダルがドイツ勢が取れないのも何となく納得です。

今夜はユリ君を誘ってオリンピックでも見ようかな。

 

ファッションは自分と世間の境界線なのか、それとも真逆なのか

最近、髪の毛のセットが決まらなくいて悩んでいるんですよね。長年僕のブログを読んでくれている人はご存知の通り、ミニが僕の専属髪切り屋さんなので遠く離れている今、誰が僕の髪を切ってくれるのかと言う話。再三、ユリ君に髪切ってみないってミニが専属になったように今度はユリ君を僕の髪切り屋さんに育てようとしているのですがなかなか首を縦に振ってくれないんですよね。だけど、最近のぼさぼさ感がユリ君も気になるのか、”髪伸びすぎだね。どうする?”って聞いてくるので今週あたり再度おねがいしてみよっかなと考え中です。僕のポリシーではないんだけど、髪を切ってもらうからには文句は言わないって決めてるんですよね。”ここをもう少し短くして。”と言う事は言いますが、決して”この髪型ダメ。”と言う事は言いません。そこはね、分け前てます。だから、ユリ君お願いします。

 

髪型も洋服も時代によって変わりますよね。高校までは髪をおろしていたんですが。アメリカに行ってからずっと短い髪でジェルで整髪をするスタイルを保っていたのですが生え際も上がってくるし、新しい髪形が僕にも必要なのかなって思案中。せっかくなら似合う髪型で街を歩きたいですもんね。小学校の時以来のツーブロックにしよっかな、、、。

洋服はね、買い足さなくても十分に今まで生きてきた分の年数分服があるので問題ないかと。そうなんです。物持ちがいいタイプで、いまきているTシャツも考えてみたらサンフランシスコにいたときに買ったものだから16年ぐらい着ていることになります。襟も伸びていないし、虫食いもなし、またメンズって流行り廃りがあまりないのでそこも長く着れる要因かと思います。

最近あるドラマを見ていて、”ファッションて大事だよね。自分と言うものをある意味で世間に見せつけるものかもな。”って思ったんですよね。このドラマ、アマゾンのオリジナル作品。なので、日本のアマゾンでも見れると思うんです。ちょっと待ってくださいね。調べます、、、、。

見れます!!と言う事は世界中のアマゾンで見れるのかな。タイトルはマーベラス・ミセス・メイゼル。英語題もそのままです。

このドラマは50年代のマンハッタンが舞台。ミッジ・メイゼルはユダヤ人の中流階級の上部の両親(父が大学の数学教授で、母は専業主婦)に育てられ、今は階は違うも同じマンハッタンのアパートに住んでいます。ミッジも母と同様に専業主婦で夫と子供2人の誰もがうらやむ幸せ家庭の象徴的な生活を送っていました。そんな彼女に転機が。ひょんなことからスタンドアップコメディアンを目指すことに。

このドラマはまだシーズン1しか作られていなくて、8話だけ。だからすぐに見れちゃう、だけどそんなに早く見るともったいないというジレンマにかられながら1週間もたたないうちに見終わってしまいました。見終わって感じるのが不思議な幸福感。地上からわずか3cm上を浮いているそんな気分にさせてくれるドラマなんです。

1番最初に気になるのが50年代のファッション。これがお洒落すぎて。肩のラインを作っていないサテン生地のような真っ赤なコートや、スカートの部分がふわりと膨らみ気味でウェスト部分がきっちり絞られた紺のワンピース、それに合わせられたネッカチーフ、飾り付きの背の高い帽子、男性のファッションも素敵なんですよね。薄いグレーのツイードのブレザーとか。ファッションだけでなく家具ももちろん50年代。カラフルな色彩がこのドラマを明るく彩っているのは間違いありません。

ミッジのキャラクターはもちろん脇を固める登場人物も一癖も二癖もあって好きにならずにはいられません。ミッジの両親。僕らの関係で言うと感情的で考えすぎな母ローズは僕で、堅物で風変わりな父親エイブはユリ君。男性によく間違えられる、言動も服装も男性的なスージー。すべてのキャラクターがチャーミングでシニカルで、何となく自分を映し出していたりして見入ってしまうんです。

いつもの日常をほんの少しカラフルに、笑いあるものにしたいのならぜひおすすめします。人生って悪くないものかもって思わせてくれるドラマシリーズです。

走った後にシャワーを浴びて

穏やかな花曇りの朝を迎えたドイツ北西部。晴れてる時に行くしかないと思って走りに行ってきました。朝9時半の外気温は寒く、帽子をかぶりながら半分凍った未舗装の道を運河に沿って走ります。仕事が始まって少し過ぎた時間この時間に外で歩いたり走っている人たちは心の余裕が多いのか、笑顔で挨拶をしてくれる人が多いんですよね。見た目が明らかなアジア人の異分子の僕に挨拶をしてくれるのなんてありがたい。これで僕の1日の気分も上がるので、自分はなんて単純なんだろうって思ったり。

帰ってきて熱いシャワーを浴びたところでふっと一息。この安堵感が走る醍醐味でもあるように思うのは僕だけではないはず。

水滴を落としながらタオルで体を乾かしていきます。僕の拭き方はどうも大雑把で80%の仕上がりの様。僕の掃除と同じなんです。だけど足はちゃんと拭くんです。足の指の間まできっちり。多分これはアメリアでの生活が影響しているのかなって。

僕がアメリカで英語を勉強していた時に、大学付属の語学学校で勉強をしていたんですよね。その時に住んでいたのがホーマンホールという大学の寮。2人部屋でハイミー君と言う僕より1歳下の18歳だけどもっと年上に見えるラテン系のフットボールの選手と相部屋だったんです。運動う選手にありがちな騒ぎ立てるタイプでなくて、穏やかでしかも頭がいい子で。今ごろ何をしているのかな?と、話がそれてしまいましたが、寮ではシャワーとトイレが共有だったんですね。各階にシャワー室とトイレがあって、便器4個、シャワー6個の空間。各階にたぶん20-25人ぐらいが住んでいたのかな?シャワーはタイル張りで個室になっているのですが、ある友達に”シャワーの時はサンダルのようなものを履いて浴びたがいいよ。床はあんまりきれいではないし、水虫をもらったりするだろうから。”僕はその助言道理にシャワーをサンダル履きであびて、その後は濡れた足をきっちり拭いてシャワー室を出るという習慣がついたんですよね。

おかげさまで今も水虫知らず。水虫と言えば、英語でなんて言うか知っていますか?

Athlete’s footって呼ばれるんですよ。アスリートの足。なんか魅力的な響きですよね。これもアメリカでのなんですが、そのころ付き合っていた彼氏とその友達が話していて最近アスリートフットなんだよね。って言っているのを聞いて。”そっか、かなり走り込んだり、スポーツしたりして土踏まずがかなりあるってことなんだろうな。”っていう誤解をもって解釈していて、元彼に、”僕の足はどう?アスリートフットじゃない?”って走るのが得意だった僕は誇らしげに見せたのですが、”一瞥して”いや、違うよ。”って即否定。そんなちゃんと見てもいないのに僕の足が運動向きでないって下されたような気になってガッカリしていたんです。その後、”どうしたらあうりーとふっとを手に入れれるかな?”と言う僕の問いに怪訝な顔で、”なんで?欲しいの?普通は誰も欲しがらないよそんなもの。”っていう後にシャワーで写ったりするという話を聞いて水虫とアスリートフットがイコールで僕の中で繋がったのでした。その後は二人で大笑い。

こうやってふと、昔過ごした日々の思い出が蘇ってきてふと微笑んでしまいます。

 

ユリ君のスポーツ精神はフェアなのか?

また新しい週の始まりですね。2月も後半に入って、春の訪れを感じさせることが多く目に入るようになってきたように思います。外の木々は固く閉じているけれども新芽のつぼみのようなものがつき始めているし、鳩のつがいはまだ葉っぱひとつない木に巣作りをしていたり、地面には春の訪れを告げる花、スノードロップが至る所で花をつけていたりと見ていて心がスキップしてしまう今日この頃です。

と言っても気温はまだまだ寒いんですよね。最低気温はマイナス1-3を行ったり来たり、あと日本と違って温暖の差がないので最高気温でも今日はあったかいなと思っても3度ぐらい。日本はこの時期、暖かな日だと13度ぐらいまで上がったりしますよね。それがね、ここでは皆無。頑張って7度ぐらいでしょうか。今、この、街の週間予報を調べてみたら週末に一気に気温が下がって最低気温マイナス6度、最高零度だそう。これはまた運河の水が凍りそうです。

そんな寒い日は家にいるのが一番なので、週末も市場やスーパーに買い物に行くのと、走りに出かけたほかはただただ家の中で。前にも話したと思うのですが、ユリ君が勧めてくれて僕もハマってしまってゲームがあって、Civilization 6という自分の国をもって政治、宗教、文化機関や科学技術などを自分で決めて国を作っていくという物なんです。この6の改訂版が最近出て2人で同じ地図上で同盟国同士として戦っているんですが、正々堂々のスポーツマンシップって何だろうって思ったことがあって。ま、ゲームがスポーツかと言うと賛否両論あるでしょうけど。

僕とユリ君の国は同盟国なので、お互いに兵を送って戦争をして領土を奪うと言う事はなのですが、お互いの敵を一緒に攻めると言う事はあるんですよね。その敵の領地が僕とユリ君の国の間とかになると、その敵国にある数個の領地を一緒に奪い合うことがあるんです。

僕は自分の領地に近いところ2つを攻め入っていて、ユリ君も自分の領地に近いところを攻め入っている。僕の頭の中では、”なるほど。ユリはあそこの領地を欲しいんだな。じゃ、邪魔をしないでおこう。僕はこの2つの領地に集中、集中。”と2つの都市を攻撃してもうすぐ陥落と言うときに気が付くと隣にユリ君の騎兵隊が。そしてユリ君が最後の止めの一発をいれてこの都市はユリ君のものに。”なんで、僕が陥落した都市を横取りするんだよ。”って非難するけど、”だって、僕もここの領地がほしかったんだもん。それに攻撃は順番ずつだから、それを考えていればTakの手に落ちることだってあったんだからさ。”と悪びれもしないんですよね。

もちろん僕は不機嫌になったのは言うまでもないんですが。

けどね、考えてみたんです。ユリ君のあの横取りはフェアかアンフェアか。スポーツマンシップだったのか。

ユリ君、ドイツ人のステレオタイプがそのようであるようにルールにはきっちりと従うタイプなんですね。ここは本当にはっきりしていて、もし他人がズルをしていようとも自分はルールに従う。そんなタイプ。なので、なぜユリは僕が明らかに攻め入っている場所にまで来て、土地を奪い取っていったのか。と考えて気が付いたのは僕が勝手な思いやりで自分の中の正義を作っていたなっていう事。”ユリ君が、あそこの領地を取りたいなら僕は手を出さないでおこう。僕はじゃ、こっちを取るからユリ君もわかってくれるよね。”って勝手に頭で自分の正義を作っていたんですよね。それを度返しされたものだから、不機嫌になってしまった。ただ、ルールの観点で言えば何問題もないわけで。戦争中になったらどこの領土に攻め入っても問題はない。つまりスポーツマンシップにのっとったフェアプレイであるという事。

ユリ君と生活してて最近気が付くのが、勝手な思いやりを正義にしてそれをフェアとして生きている自分がいるなって気が付くことが多いんですよね。これ、日本人的な特徴である思いやりの精神から来てると思うのですが、それをユリ君に求めてもいけないし、それを僕が鼓舞しすぎてもいけないんだなっていう事。その間の丁度いいところをお互いが時にぶつかり合いながら探しているように思います。

 

心が溶けそう、プンピパー君

インスタグラムを始めてから携帯のカメラで写真を撮るという行為が最近増えたんですよね。僕が最近まで使っていた携帯は写真のクオリティーも悪いので殆ど使ったことがなかったので鵜sが、ユリ君からおさがりでもらったこのケータイは、写真家泣かせのハイクオリティーで、ビックリ。いろいろな機能もあるなって使いながら感じていたのですが、昨日ついに発見してしまったんです。シャッタースピードとか、ISOとかマニュアルで変えて好きなように撮れるという事を!!写真について詳しくない方は、この単語を聞いても???って感じでしょうが、”マニュアルでも撮影できるんだ。カメラと本と一緒だなー。”って感心してしまいました。こうなるとね、写真をプロに頼もうって時代でもなくなりますよね。

インスタグラムの写真はすべてケータイで撮った写真しか上げないのですが、このブログであげる写真はすべてカメラで撮ったものです。そこは少しだけ差別化を。携帯のカメラも色々な機能があって面白いのですが、やっぱり持ち運びは重いけどカメラで撮って自分の好きはソフトウェアーで編集した写真が一番好きだなって思います。

好きなものって人それぞれ違いますしね。もう30数年間生きてきて自分の好きなものはこんなものだなって朧げな輪郭があるんですが。皆さんもそうじゃないですか?

けどそれが時に、”あー。こんなものも好きなんだな。”って思える時があって。それがね、一昨日もらったバレンタインのプレゼントの中にあったんです。

この手のひらサイズの熊の置物。これが本当にかわいくて仕方がないんですよね。なんなんだろうこの感情はって位にこの置物に愛情を感じています。けどね、これがお店に売ってあっても僕は買っていないと思うんですよね。”かわいね。”だけど、終わっていそう。

と言う事はこれが好きな人から送られたことにこの感情を帰依するのかと、考えてもいたわけです。けど、ユリ君からもらった初めてのプレゼントではないし、自分がずっと欲しがっていたものでもない。けど愛おしく感じるんですよね。”そうそう。これが僕の生活に必要だったんだよね。”みたいな。けどその必要性は、パソコンとか携帯とかの必要性ではなくて、つい見ていると微笑んでしまいたくなるような必要性。

それで考えてみたんですけど、もう一つそなものがあったなって。これはミニがくれたものなのですが、本のしおり。確か何年も前にミニが誕生日のプレゼントとしてくれたんです。黄緑の小さなカエルの頭には金色の小さな王冠が乗っていて、カエルの下腹部のところからシルバーの平らな棒が伸びていてこれを本に挟むんですね、するとカエルが本の上にちょこんと乗っている状態になるんですね。想像できます?この王冠があまりにも使って取れてしまってそのたびに瞬間接着剤でつけてるんですが。これも見るたびに笑顔になるんですよね。だけどこのカエルのしおりも絶対に自分では買わない。

底がポイントなのかな?自分では買うことは絶対ないけれど、好きな人や自分のお気に入りの人が贈ってくれて、”あ。こんな感じのものが実は僕好きなんだ。”ってそこで気が付けることが。それまではこの熊にしろ、カエルにしろ欲しいものとして心の中にもないので貰って、この存在が意外と自分に必要だなって気が付いてその存在が想像を超えた喜びをもたらすことになるんだろうかと。

何はともあれ、この熊がかわいくて仕方ないこの数日間です。名前は何にしようかなって思ったりしてるんですが、”プンピパー”にしようかなって。これね、僕がよく言葉にならないときに発する音なんですが、最近はよくユリ君も使うんですよね。

忘れててゴメンね。

ここ数日間は寒いけれど晴れていて心地が良かったのんですよね。それで走りに行って来てユリ君に”気持ちよかったよ。”ってメッセージを送ったら、次の日は雪、雨と下り坂だよ”って返信があって。その通りの天気になりました。あの穏やかの冬の太陽はどこへやら。朝方から雪が降ったようで7時前に仕事に出かけて行ったユリ君を見送った時にはうっすらと雪化粧をしていました。午前9時ごろまでは時に吹雪の様になっていたのですが午後からは霧が立ち込めているのか、ぼやけた白い幕が街を覆っています。

さて、昨日はバレンタインデーでしたよね。イギリスドイツもこの日をお祝いするのですが、義理チョコはないし女の子が男の子にチョコをあげる感じではないんですよね。好きな人のプレゼントをするって習慣で花が一番の贈り物でしょうか。

僕はこの商業じみたこの日がそんなに好きではないので、ミニと付き合っていた時は何もせずに普通の日だったんですよね。だから、ユリ君と一緒に住み始めて最初のバレンタインだったのですが何もしないでおこうって思ってたんです。ユリ君からも何の相談もなかったし。

ユリ君が帰宅して僕のいるリビングには入ってこずにキッチンに直行。変だなっておもってキッチンを覗いてみるとユリ君とともに大き目の細長い段ボール箱が。”小包が届いていたみたいだよ。階下の人が受け取って玄関先に置いておいてくれたみたいだよ。”といわれ、”いったい何だろう?しかも僕にあててなんて。”ってここでもピンと勘が働かない僕。

ちょっと考えて、”あ。バレンタインデーか!!”って開けてみるとバラの花10本、かわいい熊の置物、小さなボトルのスパークリングワイン、そして板チョコが中に入っていました。メッセージにはドイツ語でかかれていて。最初の時にイギリスへ送った花束の様にこの花束もまたそれ以上の喜びを得れますように。”みたいなロマンチックな文面で、何とかわいんだろうと思ってしまいました。

ってここで気が付いたのが、これで僕たちが離れては過ごしていたけれどバレンタインデーは付き合って3回目なんですよね。1回目はドイツから宅配でバラの花が送られてきて、去年はバレンタインデー前に僕を訪ねてきて白いバラの小鉢を買ってくれたなって思い出して、、、。それなら今年もあるよね。なんで忘れてたんだろう。ひどい男だななんて思ってしましました。

ただね、ちゃんと大事にしてるんですよ。最初にもらったバラの花束の2本はドライフラワーにして今もこのアパートにあるし、小鉢のハート形の入れ物もある。ただ時に記憶がすっぽりと抜けちゃうんです。

ごめんね、ユリ君。来年こそはロマンチックに演出するからね。そんな反省の今日のブログでした。

遠回りも悪くないのかも

ドイツとイギリスのどちらでも言える事なんですが、寝ている間に喉が渇くんですよね。多分口を開けて眠っているからなんでしょうが。面白いことに日本ではこれがなくて、、、。やっぱり日本って湿度が高いんですね、夏でも冬でも。なので枕もとの水は僕にとっては必要不可欠。最近思うのが悪い夢を見た後って喉が渇いてたりするので、この乾きが悪夢の元なのかなとも、、、。昨夜も悪い夢で目が覚めて水を飲んで一呼吸。その夢の何が僕の感情を揺さぶるのかなと考えながらいると、確かに内容はちょっと悲しいもんだったけれど”人生遠回りをしていいんだよ。”っていうようなメッセージ性があるなって思えたらなぜだか妙に合点がいってその後すぐに眠りに落ちることができました。

どうです、人生の遠回りしてますか?

これは世代によるのかもしれませんが、僕が子供の頃って効率性を重視されていたように思うんですよね。計算ドリルを5分間以内により多く解いたがいいとか、自習ノートの1日のページ数が多いほうがいいとか。だけど僕より少し下になると俗にいうゆとり世代。彼らと仕事をしていて思うのはスピードでなくてその内容の濃さだなって思うときがあります。洗い物とかの時に僕たち世代はスピード勝負で85パーセントぐらいの綺麗さでOK。だけどゆとりの子たちは時間内に終わらないかもしれないけど100%の綺麗さにこだわるみたいな。僕の周りの子を見ただけの観点からこの話はしているのでもしかしたら違うかもしれないけれど、そんな風に思えるんですよね。

なので、僕たちの世代はA地点からB地点に行くのに最短距離を探そうとりかかっちゃう。これは様々な事に当てはまって、効率性ナンバー1みたいな考えがやっぱり抜けなくて。けど、ブログを読んでいれば分かるように僕のドイツでの新生活って効率性とはかけ離れたようなところにあって、社会での出世や給料の多さが人生の成功のバロメーターであったとしたら、ものすごく底辺であることは間違いないのですが。その物差しでは生きていかずに自分の物差しで物事を見て判断していこうと生きてきているつもりなので、その考えには屈しないという意気込みもあるのですが。時にこの効率性優先の考えが頭を占領するんですよね。

”大丈夫?ドイツに移り住んでほとんどお金稼いでないけど。”とか、”36歳からの語学学習って本当に役に立つレベルまで持っていけるの?趣味程度になちゃうんじゃないの?”とか。考えたらきりがないんですけどね。

普段は”これが僕の決めた人生。好きなように生きてやる。”って猪突猛進的な思いで生きてるんですが、やっぱり頭の片隅にはいるんですよね。”効率性悪いんじゃない、この生活”って思っている自分が。だから今日の夢は助かりました。夢の中に出てきたおじさんに、”最短距離で行っても距離が短いだけでゴールは一緒なんだから別に遠回りしたっていいんだよ。と言うか君は遠回りを選んでいるんだから。”って。

遠回りした分、長い道のりになるけれど長い分そこで出会う人の数も経験も増えるのだろうから、それを自分の武器にしていこうと思う水曜日の朝でした。

窓辺から遥か地に思いを馳せる

穏やかな晴れの日が窓いっぱいい広がっています。太陽の光を窓を通して感じるのですが、その光線が暖かで。穏やかな風もそよいでいて、”春だな。”って思ったりするのですがこれはあくまでも部屋の中からの感想で、運河の流れの鈍いところでは氷が溶けずに残っています。このブログを書き終えたら、近所のスーパーに買い出しに行こうかな。冬場の太陽を全身に浴びてこようと思います。

人の感情って些細な事で上下するって思いませんか?どうなんだろう。これは個人差があるのだろうけど、僕はその振れ幅が大きい気がするんですよね。今まで楽しいなと思っていたのに、突然に悲しい気分になってたりして。その理由があるわけでもないので、”なんでこんなにブルーなんだろう?”なんて自問をしてもその答えは出なくて。それに付き合わなきゃいけないユリ君は大変だろうなって思います。

そんな時って僕は音楽が物凄く助けになって。20代の時は自分が歌うことによって気分が上がっていたんですよね。家の中ですきなうたを2-3時間歌うとどうにかスッキリとする感じがあって。それがどうやら30代の後半に入ってくると変わってきたようで、言葉のない音楽をよく聞くようになってきました。今までは聞きもしなかったクラシックのチェロやピアノの数種類の楽器で奏でられるものとか、ジャズもその一つ。ジャズは夜明け前に聞くと本当にその音の世界から想像できる景色が素敵で。なので、朝に聴くことが多いかな。

朝の書き物をして、9時ごろから運動をするのが僕の大体のスケジュール。今日はストレッチや腰などの運動と、体幹を鍛える運動を。その音も似と選んだのがネイティブアメリカンのフルート曲。これが本当に素敵で、ストレッチしながら色々と考えちゃいました。

主な考えは僕がよく訪れたアメリカの地方都市、アルバカーキ。ここには何かあるたびに訪れて、ミニから別れを切り出された時も一ヶ月ほど滞在した場所。アメリカの南西部に位置してニューメキシコ州で一番大きな街。スペイン文化を色濃く残し、そこにネイティブアメリカンの文化もあり、また近代文化の影響も混ざって不思議な空気間の街なんですよね。四季もはっきりしてて、夏は猛暑、冬は極寒。

この土地のいろと、建物が印象的。大体において一戸建て平屋が多くて茶色いアドービ建築を似せた建物が至る所に見られて、遠くには高い山が。そしてある方角の山は赤色。この山肌が太陽に色を染められる時が綺麗で。車で少し走れば全部の山が真っ赤で、山の頂上は平らと言う景観も見られてこの州につけられたニックネームの様に魔法の土地と呼ばれるのにふさわしい場所。

暖房で温められた部屋の中から運河の流れを目にし、遠い土地であるアルバカーキの思い出に浸っていたら、ものすごく恋しくなってしまいました。なんなんでしょうね、突然に表れるこんなメランコリーな気分は。今日はその思い出にどっぷり浸ろうかと思います。

Tak流のおもてなし

週末が終わりましたね。寒さがまだ続いているドイツ北西部。昨日寝ている時に何かカラカラと音がするな雨だな、って思っていたのですが。どうやら雹が降っていたたようです。今も小雪がちらついていて風にふわふわと舞いながら窓の外を動いています。まだ寒さは緩まないようですね。ただ気温は氷点下を下回らないとの事なのでそこは嬉しいなと。

先週末は色々と新しいことがありました。

まずはインスタグラムを今更ながら始めました。なぜ今までしてなかったの?って言われるんですよね。写真家と言うお仕事もあるので。実は僕の前の携帯のカメラの質が物凄く悪くて、、、。プロの片隅にいる身としては少しでもちゃんとした写真を投稿したいというのもあって、新機種になったこの時を機に始めることに。新機種と言ってもユリ君のおさがりなんですけれどね。それでも写真の質の高さ。ビックリです。日記のような感覚で1日に1回ぐらいアップできたらいいなとは思っているのですが。僕の日常がもう少し、わかる内容にしようかなって。例えば、道で歩いてふと見つけた景色とか、その日の夕飯だとか。数行の文章とともに皆さんにお届けできたらなと思っております。興味がありましたら takazumiuemuraで検索してもらえれば出てくるかと。

後は、このユリ君と2人暮らしのアパートに僕の友達がロンドンから泊まりで遊びに来てくれました。僕が引っ越してきてから、このアパートに寝泊まりする人は僕達2人だけだったので他の人がいるというのがなんとも新鮮で。僕たちの出来るだけのおもてなしをさせてもらいました。

ブレーメンに着いた僕の友達2人。この2人とはもう長い付き合いで5年ぐらいかな。気心知れて、頻繁にあっているわけでもないのだけれど会えばその離れていた時間を感じさせないものがあって、一緒に過ごすのも楽な2人。ブレーメン駅で待ち合わせをして一通り観光をしました。準備がいい彼女たちはちゃんとブレーメンの観光名所をプリントアウトしてきていたのでそれを見ながら進むことに。物凄く可愛い雑貨屋さんで、チョコレートの試食をさせてもらったのですが本当に驚くぐらいのおいしさで3人とも即購入と言う僕たちの単純さ。けどね、これは本当においしくてキャラメルの小さなかけらが入ったトリュフ。口の中でリッチに少しづつ溶けていくのが極楽。ユリ君のお土産に僕は購入しました。レストランはドイツ料理を。片言の英語をしゃべるおじさんウェイターに気に入ってもらって3人とも食後酒をただでもらちゃいました。多分、彼の中では僕たちははるばる日本からやってきているという設定になっているようだったので、そこは訂正せずに。

僕の街へ着いたのは午後5時過ぎ。ユリ君が車で迎えに来てくれました。そして夕飯はレビューランキングこの街で第2位の魚料理店に。と言っても田舎町だからそんなにたくさんのレストランがないんですけどね。僕も初めていくレストランで、久しぶりのカレイを食べました。骨が多くて大変だったけど、おいしかったー。

土曜日は僕がケーキを作り、ユリ君が夕飯を担当。観光をメインとすると何にもないと言っていいほどの僕の街。近所のスーパーに行ったり、市場を探検したり、運河沿いを散歩と都会暮らしの2人の経験できないような穏やかな田舎暮らしを体験してもらうことに。昼ご飯は塩漬けの半生の魚を挟んだサンドイッチを屋台で。

そして日曜の夕方に2人はロンドンへと帰っていきました。どうだったのかな、楽しんでもらえたのかな?もし僕のところに遊びに来たい人たちがいたら、こんな風に”田舎生活の楽しみ方”というものしか提供できませんのでご了承ください。